米田満氏論文「アメリカン・フットボールの起源とその発展段階」
第8章 シフトの流行
1959/02/28
シフト(shift)とは、ラインまたはバックの位置を急激に転換して守備の能力を低下させることを目的としたものであり、ウィングバックの流行が攻撃型、攻撃配置の魅力であるとすれば、シフトの強味は守備側にとって予知し得ない動的なところに求められる。1910年以後、フットボールが新しい体制に入って、ウィングバック・フォーメイションが流行を始めた同じころから、このシフトも強い影響力を示すようになった。そして各チームがこのシフトを取り上げたが、ウィリアムス博士のミネソタ・シフト、ジョージア工大でハイズマン・コーチが作ったハイズマン・シフト、それにロックンの大成したノートルダム・シフトの三つがとくに有名である。1927年、ルール委員会が“プレーが始まる前に攻撃側は1秒間の停止”という改革を行ってから、シフトは次第に人気を失っていった。
1 シフトの起源
フットボールの天才、スタッグがこのシフトも権威筋から創始者たるの信用を得ている。フォワード・パス採用以前にスタッグは早くもこのアイディアを実行に移している。1920年、彼はラインのタックルを反対サイドのタックルとガードの間に移して守備側を当惑させた。これがアンバランス・ラインの始まりであり、シフトの起源でもある。スタッグは1904年バックフィールドにもシフトを用いたが、1910年になるとまた別種のシフトを始め、バックスがシフトをするのとほとんど同時に、ボールはスナップされてプレーに移された。このシフトはのちにノートルダム・シフトに引きつがれた。
一方、シフトの創始者としてミネソタ大学のウィリアムス博士を挙げる説もある。ミネソタ大学が初めてシフトを使ったのは1903年か1904年であるといわれ、ライン全部をバックフィールドと一緒にシフトさせたという。またワーナーが1899年にカーライル大学でラインのシフトを創始したという説もあるが、これはワーナー自身が否定している。
2 ノートルダム・シフト(Notre Dame shift)
シカゴ大学のコーチ、スタッグの弟子であったハーパー(Jesse Harper)は1913年にノートルダム大学のコーチとなり、その年、本格的なフォーワード・パスを使用して強豪アーミーを倒し、一躍全国的な名声を得たことはあまりにも有名である。そのあとハーパーはシフトを伴ったノートルダム・ボックスを軌道に乗せ、偉材ロックンがこれを大成して久しい黄金時代を謳歌した。
ノートルダム・シフトの基本型はラインがバランスで、バックフィールドはノーマルTからボックスにシフトした。このシフトの方法が相手守備陣にプレーの察知を困難ならしめたわけだが、しかしノートルダム大学の成功が単にシフトだけに依存したものではないことは、1921年の対アーミー戦をシフトなしで28-0の快勝を導いたことでも明らかである。1秒間停止ルールの制定で多くのチームがシフトからウィングバックに転針したにもかかわらず、ノートルダム大学が依然ボックスから揺るぎなき強豪ぶりを維持しつづけたのも、単にシフトの問題ではなく、ノートルダム・システムそのものの強味であったといえる。その意味でノートルダム大学の築いた功績はやはりフットボール史上特筆されてしかるべきことである。
3 ミネソタ・シフト(Minnesota shift)
ウィリアムス博士のミネソタ・シフトの起源を1903年または1904年とする説もあるが、通常はフォーワード・パスが合法となった1906年だとされている。そのシフトは最初両タックルがセンターの後ろに並び、バックフィールドはまたその後ろにいて“ヒップ(hip)”の号令とともに種々変化に富んだシフトに移り、普通はラインがアンバランス、バックはボックスに位置した。ウィリアムス博士のシフト理論は守備側の側面に急速に移動することによって、守備の人員よりも1人多い攻撃者を攻撃点に配置することであり、とくにタックルへの攻撃を強調した。
ミネソタ大学はウィリアムス博士のあとをついだバイアマン(Bernie Bierman)コーチのもとで最高のチームを築き上げたが、彼はウィングバックをラインの後方深い位置に置き、とくにウィーク・サイド攻撃を必須部分として成功した。しかし1秒停止ルールの出現とともにミネソタ・シフトの利点が影をひそめたのは論をまたない。
4 ハイズマン・シフト(Heisman shift)
ジョージア工大の鬼才、ハイズマンが1910年ごろ、きわめて複雑なシフトを採用した。彼のシステムはセンター以外の10名をスクリメージの後方に下げ、それから多様なシフトを開始し、守備のバランスを崩したのちに早いスタートを行った。このシフトが最も成功したのは1917年、強豪ペンシルヴァニア大学に対し41-0の大勝を博したときであった。彼は1921年にはアイオワ大学に移ってこのシフトを効果的に用い、その年早くもビッグ・テンの覇者となった。
ハイズマンは1930年にはサザーン・カリフォルニア大学に移って同じく複雑なシフトを用いたが、これはラインがバランス、アンバランスの両方に変化し、バックフィールドもシングル、ダブルの両ウィングバックを時宜に応じて採用し、バックがラインに上がったり、エンドがバックにシフトしたり、実に多種多様な配置転換を用いた。
5 その他のシフト
その他、1910年ごろにネービーのバックフィールド・ジャンプ・シフト、同じころ、アーミーのハドル・シフト(huddle shift)、1908年、ハーバード大学のホートン(Haughton)が作ったホイール・シフト(wheel shift)などが初期のものとして挙げられ、ついで1930年代のアラバマ、ノースカロライナ、コーネルの各大学、1940年代中期にもネービーがシフトを用いて大成功をみせたが、シフトに関する熱狂の度が加わってきたため、1947年、ルールでランニング・シフトを非合法とした。
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