石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2014/10
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(29)ライバルとの戦い
投稿日時:2014/10/28(火) 09:50
26日は京大との戦い。場所は西京極陸上競技場、天気は快晴。ファイターズはここまで4連勝、逆にギャングスターズは1勝3敗。なぜか成績が上がっていない。
これは2004年、佐岡主将のチームが迎えた状況とほとんど同じ。あの年も初戦から順当に勝利を収め、なかなか勝てなかった立命にも30-28で勝利してファイターズの意気は上がっていた。逆に京大は負けが込んで優勝の望みが絶たれ、ファイターズに勝つことだけに価値を見つけるような状態だった。
試合が始まると、ファイターズが簡単に13-0でリード。前半はずっと主導権を握っていた。ところが、相手のパントを自陣ゴール前でリターナーがファンブル、それを相手に抑えられ、簡単にTDに結び付けられたところから、一気に試合は暗転する。QBのRBへの前パスがわずかに後方へ流れてファンブル。これがターンオーバーとなった場面で、相手の1年生QBにロングバスを決められ、試合はあっという間に逆転。結局、17-13で敗れ、立命との甲子園ボウル出場決定戦にも惜敗してしまった。当日の抜けるような青空と緑の芝生、そして二つのファンブルの場面、一か八かで投じたようなロングパスの軌道が、いまも僕の心に残っている。
こういうトラウマのような記憶があるから、あの日と同じような快晴の空を見上げながら「あなどったらあかん」「油断してたら、ひどい目にあうぞ」と、何度も何度も自分に言い聞かせていた。
ファイターズのレシーブで試合が始まる。最初のシリーズはQB斎藤からWR横山へのパスで12ヤード、RB橋本の中央突破で12ヤード。たたみかけるようにダウンを更新して陣地を進めたが、第3プレーでRBがファンブル。それを相手に抑えられて、いきなりのターンオーバー。10年前の嫌な記憶が頭をよぎる。
この場面は一度ダウンを更新されただけで守備陣が抑えたが、続くファイターズの攻撃は簡単にパントに追いやられてしまう。逆に京大は2度続けてダウンを更新、そのたびに士気が上がってくる。
こういう状況にストップをかけけたのが斎藤のパス。主将鷺野の渾身のランを一つはさんで、WR木下、横山、大園に立て続けにパスをヒット。一気にゴール前に迫り、仕上げは横山への5ヤードTDパス。続く相手方の攻撃をディフェンス陣の踏ん張りでなんとか抑え、再びファイターズの攻撃。ここでも橋本、鷺野のランプレーが進み、大園へのパス、鷺野へのショベルパスなどを交えながらどんどん陣地を進める。途中、経験の少ない下級生が立て続けに反則を犯すというミスもあったが、斎藤や橋本のドロープレーで活路を開き、仕上げはWR水野がゴール右隅に走り込んでTD。K三輪のキックも決まって14-0。何とかリードを保って前半終了。
しかし、この展開は10年前の試合とそっくり。後半は相手のレシーブから攻撃が始まることを考えると、まだまだ安心できるリードではない。
3Qが始まる。恐れていた京大の最初の攻撃は相手のファンブルで攻守交代。相手ゴール前23ヤードからファイターズの攻撃が始まる。まずは横山へのパスで残り10ヤード。ところがここでもスナップの受け渡しがうまくいかずにマイナス5ヤード。残り12ヤードから投じたTDパスはインターセプトされてタッチバック。嫌な予感がする。
自陣20ヤードから始まった京大の攻撃は、パスとランを混ぜながら確実に進む。ダウンを6回続けて更新し、ついにゴール前8ヤード。練りに練ったプランで攻撃を続ける相手の勢いに飲まれたのか、ファイターズはずるずると陣地を進められ、強力な守備陣も完全に後手を踏んでいる。
「これはやばいぞ」と身構えた瞬間、ファイターズにビッグプレーが生まれた。相手QBがTDを狙って投じたパスをLB山岸がブロック、空中に跳ねたボールをLB小野が素早くキャッチしてターンオーバー。一瞬にして危機を脱した。
こうなると、攻撃も目が覚める。自陣9ヤードから始まった攻撃は、まず橋本がランで5ヤードを獲得。そこから今度は斎藤が木下に46ヤードのパス。相手陣40ヤードからの攻撃は、橋本が一気に中央を駆け抜けてTD。それまでのぎくしゃくした攻撃が嘘のような鮮やかな3プレーでリードを21-0と広げる。
これに呼応するように、次はまた守備陣にビッグプレーが出る。相手陣45ヤードから始まった京大の攻撃だったが、3プレー目にQBがボールをファンブル。それを拾い上げた山岸が一気に36ヤードを走り切ってファンブルリターンTD。先ほどの橋本の独走TDとあわせ、ほんの2分、相手攻撃も含めて6プレーの内に14点を挙げて試合を決めた。
このように試合経過を追っていくと、終始ファイターズが主導権を握って試合を進めたように思われるかもしれない。しかし、現場で見ている限り、観客にはそんな余裕はまるでない。パスとランを織り交ぜ、ひたひたと攻め込んでくる京大のオフェンスは迫力があったし、懸命に守る守備陣の動きも鋭かった。攻守どちらを見ても、開幕から3連敗したチームとは思えなかった。
結果的には点差がついたが、ファイターズ戦になると、見違えるような動きをするギャングスターズは、今年も健在だった。鳥内監督が常々選手に説いている「強力なライバルがいるから、チームは強くなる。強い相手に勝とう、勝ちたいという気持ちを持って、そのための取り組みを懸命にすることで、初めてチームは強くなる。ライバルはリスペクトせなあかん」という言葉通りの試合だった。
次節からは、これまた攻守ともに強力なタレントを揃えた関大、立命との試合が続く。ともに京大に勝るとも劣らぬ「強力なライバル」である。そういう相手と戦えることの幸せをチーム全員が共有し、存分な対策と準備を続けてほしい。
これは2004年、佐岡主将のチームが迎えた状況とほとんど同じ。あの年も初戦から順当に勝利を収め、なかなか勝てなかった立命にも30-28で勝利してファイターズの意気は上がっていた。逆に京大は負けが込んで優勝の望みが絶たれ、ファイターズに勝つことだけに価値を見つけるような状態だった。
試合が始まると、ファイターズが簡単に13-0でリード。前半はずっと主導権を握っていた。ところが、相手のパントを自陣ゴール前でリターナーがファンブル、それを相手に抑えられ、簡単にTDに結び付けられたところから、一気に試合は暗転する。QBのRBへの前パスがわずかに後方へ流れてファンブル。これがターンオーバーとなった場面で、相手の1年生QBにロングバスを決められ、試合はあっという間に逆転。結局、17-13で敗れ、立命との甲子園ボウル出場決定戦にも惜敗してしまった。当日の抜けるような青空と緑の芝生、そして二つのファンブルの場面、一か八かで投じたようなロングパスの軌道が、いまも僕の心に残っている。
こういうトラウマのような記憶があるから、あの日と同じような快晴の空を見上げながら「あなどったらあかん」「油断してたら、ひどい目にあうぞ」と、何度も何度も自分に言い聞かせていた。
ファイターズのレシーブで試合が始まる。最初のシリーズはQB斎藤からWR横山へのパスで12ヤード、RB橋本の中央突破で12ヤード。たたみかけるようにダウンを更新して陣地を進めたが、第3プレーでRBがファンブル。それを相手に抑えられて、いきなりのターンオーバー。10年前の嫌な記憶が頭をよぎる。
この場面は一度ダウンを更新されただけで守備陣が抑えたが、続くファイターズの攻撃は簡単にパントに追いやられてしまう。逆に京大は2度続けてダウンを更新、そのたびに士気が上がってくる。
こういう状況にストップをかけけたのが斎藤のパス。主将鷺野の渾身のランを一つはさんで、WR木下、横山、大園に立て続けにパスをヒット。一気にゴール前に迫り、仕上げは横山への5ヤードTDパス。続く相手方の攻撃をディフェンス陣の踏ん張りでなんとか抑え、再びファイターズの攻撃。ここでも橋本、鷺野のランプレーが進み、大園へのパス、鷺野へのショベルパスなどを交えながらどんどん陣地を進める。途中、経験の少ない下級生が立て続けに反則を犯すというミスもあったが、斎藤や橋本のドロープレーで活路を開き、仕上げはWR水野がゴール右隅に走り込んでTD。K三輪のキックも決まって14-0。何とかリードを保って前半終了。
しかし、この展開は10年前の試合とそっくり。後半は相手のレシーブから攻撃が始まることを考えると、まだまだ安心できるリードではない。
3Qが始まる。恐れていた京大の最初の攻撃は相手のファンブルで攻守交代。相手ゴール前23ヤードからファイターズの攻撃が始まる。まずは横山へのパスで残り10ヤード。ところがここでもスナップの受け渡しがうまくいかずにマイナス5ヤード。残り12ヤードから投じたTDパスはインターセプトされてタッチバック。嫌な予感がする。
自陣20ヤードから始まった京大の攻撃は、パスとランを混ぜながら確実に進む。ダウンを6回続けて更新し、ついにゴール前8ヤード。練りに練ったプランで攻撃を続ける相手の勢いに飲まれたのか、ファイターズはずるずると陣地を進められ、強力な守備陣も完全に後手を踏んでいる。
「これはやばいぞ」と身構えた瞬間、ファイターズにビッグプレーが生まれた。相手QBがTDを狙って投じたパスをLB山岸がブロック、空中に跳ねたボールをLB小野が素早くキャッチしてターンオーバー。一瞬にして危機を脱した。
こうなると、攻撃も目が覚める。自陣9ヤードから始まった攻撃は、まず橋本がランで5ヤードを獲得。そこから今度は斎藤が木下に46ヤードのパス。相手陣40ヤードからの攻撃は、橋本が一気に中央を駆け抜けてTD。それまでのぎくしゃくした攻撃が嘘のような鮮やかな3プレーでリードを21-0と広げる。
これに呼応するように、次はまた守備陣にビッグプレーが出る。相手陣45ヤードから始まった京大の攻撃だったが、3プレー目にQBがボールをファンブル。それを拾い上げた山岸が一気に36ヤードを走り切ってファンブルリターンTD。先ほどの橋本の独走TDとあわせ、ほんの2分、相手攻撃も含めて6プレーの内に14点を挙げて試合を決めた。
このように試合経過を追っていくと、終始ファイターズが主導権を握って試合を進めたように思われるかもしれない。しかし、現場で見ている限り、観客にはそんな余裕はまるでない。パスとランを織り交ぜ、ひたひたと攻め込んでくる京大のオフェンスは迫力があったし、懸命に守る守備陣の動きも鋭かった。攻守どちらを見ても、開幕から3連敗したチームとは思えなかった。
結果的には点差がついたが、ファイターズ戦になると、見違えるような動きをするギャングスターズは、今年も健在だった。鳥内監督が常々選手に説いている「強力なライバルがいるから、チームは強くなる。強い相手に勝とう、勝ちたいという気持ちを持って、そのための取り組みを懸命にすることで、初めてチームは強くなる。ライバルはリスペクトせなあかん」という言葉通りの試合だった。
次節からは、これまた攻守ともに強力なタレントを揃えた関大、立命との試合が続く。ともに京大に勝るとも劣らぬ「強力なライバル」である。そういう相手と戦えることの幸せをチーム全員が共有し、存分な対策と準備を続けてほしい。
(28)「俺がやる。俺は本気や」
投稿日時:2014/10/20(月) 08:48
快晴の日曜日。一番暑い時間帯に、長居第2陸上競技場(いまはヤンマーフィールド長居と呼ぶそうだ)に出掛けた。Xリーグ西地区のファーストステージ最終戦、エレコム神戸ファイニーズとアズワンブラックイーグルスの試合を観戦するためである。
社会人同士の試合を見るのは、10数年ぶり。その昔、まだエレコムがスポンサーに加わっておらず、ファイニーズが市民球団として悪戦苦闘していたころ以来である。その当時は、日本に初めて誕生したアメフットの「市民チーム」を何とか盛り上げたいと、よく応援に出掛けていた。夜、仕事を終えてから練習を見に行っていたし、チームの応援コラムも書いていた。ヘッドコーチをされていた村田斉潔氏(現在は龍谷大のヘッドコーチである)と食事をともにしながら、日本のアメフット界はどうすれば発展するか、というようなことを熱く語り合ったこともある。
しかし、朝日新聞社を定年退職し、和歌山県田辺市の紀伊民報に再就職してからは、ファイターズの応援で精一杯。とても、社会人の試合にまで足を運ぶゆとりはなかった。
ところがこの1、2年、ファイターズの卒業生が大量に入団して大活躍。とりわけ今季は、西地区の強豪、パナソニックやアサヒ飲料を破って、ついに全勝優勝に王手を掛けている。ここは自宅で学生の小論文を添削している場合ではない。何がなんでもスタジアムに足を運び、ファイターズOBたちを応援しなければならない。そう思って、開門前から並んで待ったのである。
試合は28-0でファイニーズの勝利。ファーストステージは全勝でセカンドステージに駒を進めた。試合の説明は省略。活躍が目についたファイターズOBについて紹介する。
順不同でいうとオフェンスではQB糟谷君、WR松田君、OL東元君(以上、2012年卒)、WR榎君(13年卒)、ディフェンスではLB香山君、DB重田君(以上2012年卒)、DL岸君(13年卒)が先発、あるいは主要な交代メンバーとして出場した。香山君は守備の要として、ほとんどのプレーに絡み、炎のタックルと冷静なパスカバーで鉄壁の守りを見せた。重田君の魂のタックルも健在。まともにタックルを食らった相手が本当に痛そうにしているのが印象的だった。岸君はラインの真ん中を死守。相変わらず鋭い出足でQBに襲いかかり10ヤードのQBサックを奪った。
オフェンス陣も負けていない。糟谷君はスタメンで出場、前半こそWRとの呼吸が合わなかったが、後半は持ち味の豪快なスクランブルで陣地を稼ぎ、チームを引っ張った。パンターとしても飛距離のあるパントを的確に決め、何度も味方のピンチを救った。松田君は学生時代よりプレーが進化したように見え、決定的なTDパスをキャッチした。東元君はOLのパートリーダーにふさわしい安定したプレーを続けた。TEからWRに転じた榎君は故障から回復したばかりで、この試合が今季初めての登場だったが、的確なブロックは健在だった。
このように書き進めていくと、エレコム躍進のキーマンは1、2年前までファイターズの選手として、あるいはアシスタントコーチとしてがんばってきた選手たちであることがよく分かる。これは彼らに注目している僕のひいき目だろうか。
本題に入る。
エレコムの優勝について、世間では「番狂わせ」という人が多い。僕も、春の試合でファイターズをこてんぱんに破ったパナソニックに勝つのは容易じゃない、と見ていた。
しかし、初めから今季の優勝を公言していた人物が、僕の知っている範囲で少なくとも一人はいる。今季からエレコムに入社し、チームに加わった香山君である。今年2月、宝塚ホテルでに行われたファイターズの祝勝会で、今季の幹部となった新4年生たちに「おれは社会人の代表としてライスボウルに行く。おまえらと本気で試合をしたいんや」と宣言した。ちょうどその場に居合わせたので、そのときの様子を克明に覚えているが、みんなは「まさかエレコムが……」という表情だった。僕も、パーティーの席を盛り上げるためのリップサービスだと思っていた。
だが、彼は本気だった。「俺がやる、俺がチームを変えて行くと言い切らないと、チームは変わらない。目標を口にしてチームを変える。俺がやる。東京ドームで会おう」といっていた。
今日の試合後、とりあえず第一目標は達成出来たな、と声をかけると「僕は本気であいつらとライスボウルで戦いたいんです。どんなに楽しいことか」と言い切った。
彼はファイターズにスポーツ推薦で入部。3年生までは人並みの取り組みで「才能はあるが、それが十分に発揮できていない」という印象を受ける選手だった。それが4年生になって一変。守備の要として大活躍した。関西リーグの優勝を決める立命戦で、相手のエースQBに激突した炎のタックルを記憶されている方も少なくないだろう。留年してからは2年間、アシスタントコーチとして後輩を育て「俺がやる、俺がチームを変える、という気持ちで取り組まないと、何も変わらん」と、叱咤し続けてきた。
同じことをエレコムでも言い続け、有言実行でチームを変えた。その結果の全勝優勝である。ファイターズの諸君にとっても、大いに参考になる話ではないか。
いま、チームに「俺がやる」「俺がチームを変える」と公言し、それを実行する部員がどれだけ存在するか。先輩は「あいつらとライスボウルで戦いたいねん」という目標に向かってばく進している。後輩も負けてはいられない。東京ドームに乗り込み、勝利するためには、目の前のライバルたちに勝ち続けなければならない。そのためには「俺がチームを変える」「俺がやる」と言い切れる人間にならなければならない。
残されたシーズンは短い。いまこそ全員が「俺がやる」「私がやる」と腹をくくる時だ。自分との戦いに勝利してもらいたい。
社会人同士の試合を見るのは、10数年ぶり。その昔、まだエレコムがスポンサーに加わっておらず、ファイニーズが市民球団として悪戦苦闘していたころ以来である。その当時は、日本に初めて誕生したアメフットの「市民チーム」を何とか盛り上げたいと、よく応援に出掛けていた。夜、仕事を終えてから練習を見に行っていたし、チームの応援コラムも書いていた。ヘッドコーチをされていた村田斉潔氏(現在は龍谷大のヘッドコーチである)と食事をともにしながら、日本のアメフット界はどうすれば発展するか、というようなことを熱く語り合ったこともある。
しかし、朝日新聞社を定年退職し、和歌山県田辺市の紀伊民報に再就職してからは、ファイターズの応援で精一杯。とても、社会人の試合にまで足を運ぶゆとりはなかった。
ところがこの1、2年、ファイターズの卒業生が大量に入団して大活躍。とりわけ今季は、西地区の強豪、パナソニックやアサヒ飲料を破って、ついに全勝優勝に王手を掛けている。ここは自宅で学生の小論文を添削している場合ではない。何がなんでもスタジアムに足を運び、ファイターズOBたちを応援しなければならない。そう思って、開門前から並んで待ったのである。
試合は28-0でファイニーズの勝利。ファーストステージは全勝でセカンドステージに駒を進めた。試合の説明は省略。活躍が目についたファイターズOBについて紹介する。
順不同でいうとオフェンスではQB糟谷君、WR松田君、OL東元君(以上、2012年卒)、WR榎君(13年卒)、ディフェンスではLB香山君、DB重田君(以上2012年卒)、DL岸君(13年卒)が先発、あるいは主要な交代メンバーとして出場した。香山君は守備の要として、ほとんどのプレーに絡み、炎のタックルと冷静なパスカバーで鉄壁の守りを見せた。重田君の魂のタックルも健在。まともにタックルを食らった相手が本当に痛そうにしているのが印象的だった。岸君はラインの真ん中を死守。相変わらず鋭い出足でQBに襲いかかり10ヤードのQBサックを奪った。
オフェンス陣も負けていない。糟谷君はスタメンで出場、前半こそWRとの呼吸が合わなかったが、後半は持ち味の豪快なスクランブルで陣地を稼ぎ、チームを引っ張った。パンターとしても飛距離のあるパントを的確に決め、何度も味方のピンチを救った。松田君は学生時代よりプレーが進化したように見え、決定的なTDパスをキャッチした。東元君はOLのパートリーダーにふさわしい安定したプレーを続けた。TEからWRに転じた榎君は故障から回復したばかりで、この試合が今季初めての登場だったが、的確なブロックは健在だった。
このように書き進めていくと、エレコム躍進のキーマンは1、2年前までファイターズの選手として、あるいはアシスタントコーチとしてがんばってきた選手たちであることがよく分かる。これは彼らに注目している僕のひいき目だろうか。
本題に入る。
エレコムの優勝について、世間では「番狂わせ」という人が多い。僕も、春の試合でファイターズをこてんぱんに破ったパナソニックに勝つのは容易じゃない、と見ていた。
しかし、初めから今季の優勝を公言していた人物が、僕の知っている範囲で少なくとも一人はいる。今季からエレコムに入社し、チームに加わった香山君である。今年2月、宝塚ホテルでに行われたファイターズの祝勝会で、今季の幹部となった新4年生たちに「おれは社会人の代表としてライスボウルに行く。おまえらと本気で試合をしたいんや」と宣言した。ちょうどその場に居合わせたので、そのときの様子を克明に覚えているが、みんなは「まさかエレコムが……」という表情だった。僕も、パーティーの席を盛り上げるためのリップサービスだと思っていた。
だが、彼は本気だった。「俺がやる、俺がチームを変えて行くと言い切らないと、チームは変わらない。目標を口にしてチームを変える。俺がやる。東京ドームで会おう」といっていた。
今日の試合後、とりあえず第一目標は達成出来たな、と声をかけると「僕は本気であいつらとライスボウルで戦いたいんです。どんなに楽しいことか」と言い切った。
彼はファイターズにスポーツ推薦で入部。3年生までは人並みの取り組みで「才能はあるが、それが十分に発揮できていない」という印象を受ける選手だった。それが4年生になって一変。守備の要として大活躍した。関西リーグの優勝を決める立命戦で、相手のエースQBに激突した炎のタックルを記憶されている方も少なくないだろう。留年してからは2年間、アシスタントコーチとして後輩を育て「俺がやる、俺がチームを変える、という気持ちで取り組まないと、何も変わらん」と、叱咤し続けてきた。
同じことをエレコムでも言い続け、有言実行でチームを変えた。その結果の全勝優勝である。ファイターズの諸君にとっても、大いに参考になる話ではないか。
いま、チームに「俺がやる」「俺がチームを変える」と公言し、それを実行する部員がどれだけ存在するか。先輩は「あいつらとライスボウルで戦いたいねん」という目標に向かってばく進している。後輩も負けてはいられない。東京ドームに乗り込み、勝利するためには、目の前のライバルたちに勝ち続けなければならない。そのためには「俺がチームを変える」「俺がやる」と言い切れる人間にならなければならない。
残されたシーズンは短い。いまこそ全員が「俺がやる」「私がやる」と腹をくくる時だ。自分との戦いに勝利してもらいたい。
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