石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2013/8

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(20)楽しみな「下克上」

投稿日時:2013/08/27(火) 07:15

 世間は夏休みだが、昭和の高度成長期を生きてきた僕たち「モーレツ世代」に、そんな言葉はない。年齢を忘れて東奔西走、ひたすら走り回っている。この2週間ほどで愛車の走行距離は確実に3千キロを超えた。
 その行程には、もちろん東鉢伏の合宿見学が含まれている。終了前日の17日。朝の5時起きで西宮を出発、深夜に帰宅という日程でファイターズの鍛錬ぶりを眺めてきた。
 朝と夕方、JVとVに分けられた練習が秒刻みで進行していく。監督やマネジャーの話では、今年は天候に恵まれ(選手たちには暑すぎたようだが)、予定していた練習にじっくり取り組めたそうだ。大きなけがや事故もなかったという。
 そんな練習を見ていて驚いたことがある。VとJVのメンバー分けである。春のシーズンを先発あるいは主要交代メンバーとして戦った上級生の何人もがJVに入り、代わってこれまでJV戦以外ではほとんど試合に出ていなかった1年生や2年生がVのメンバー入りしていたのである。
 ポジションによっては、4年生と3年生が各1人、2年生が2人、1年生が3人という具合。オフェンス、ディフェンスともに、すべてのパートに1年生が参加し、上級生と堂々と渡り合う。「お客様」ではなく、秋の熾烈な戦いを担う戦力として期待され、1年生もまたそれに応えようと全力で取り組む。そんな光景は、この10年ほど見たことがなかったから、本当に驚いた。チーム内の「下克上」が始まっているのかもしれない。
 もちろん、VとJVのメンバーを決めるに当たっては、監督やコーチのさまざまな思惑があったのだろう。
 秋の試合を戦い、社会人に勝って日本1、という目標を達成するのは、並大抵のことではない。新たな戦力の確保、育成は何よりの優先課題だし、それが達成出来ればチームの層は厚くなる。そのためには、才能に恵まれた多くの下級生に、甲子園ボウルやライスボウルを戦ってきた上級生と本気でぶつかる場を用意しなければならない。9日間、文字通りフットボール漬けの毎日を送り、練習もミーティングも共にする夏の合宿こそ、そういうチャンスを与える絶好の機会である。
 一方で、JVのメンバーも1年後、2年後を見据えてじっくり鍛えなければならない。彼らは「その他大勢」のメンバーではなく、近い将来、必ずファイターズを背負って立つ一員である。その選手たちに目標を持った練習をさせ、手本を見せるには、試合経験の豊富な上級生こそが適任である。
 たまたまVのメンバーからははみ出してしまったとしても、下級生を指導する能力に長け、お手本を見せるのが上手な上級生は少なくない。だからこそ、あえて経験豊富な上級生をVのメンバーから外してJVメンバーの指導に当たらせる。そういう監督やコーチの思惑もあって、今年は特別にVとJVの入れ替えを活発に行ったのかもしれない。
 たった1日だったが、練習を眺めていてそんなことを感じ取った。そして、その思惑は功を奏し、下級生の底上げ、層の厚さの確保につながっていると、勝手に結論を出した。
 なんせ、半年前までは高校生だった1年生の面々が、練習とはいえ、ライスボウルを戦った上級生とまともに渡り合い、時には凌駕(りょうが)しているのである。そういう選手が特定のポジションではなく、どのパートにも1人や2人はいるのである。すごいことではないか。
 チーム内部の戦力、戦略にも関係することだから、そうした選手たちの名前はあえて挙げない。でも、春の試合からは想像もつかないメンバーが秋の試合に先発し、活躍してくれる場面を想像するだけで、わくわくする。
 今季、ファイターズの初戦は9月1日。相手は1部に昇格したばかりの大阪教育大である。対戦相手の情報は、僕にはまったくないが、夏に鍛えた選手たちが必ず活躍してくれると確信している。
      ◇   ◇
 このコラムを読んでくださっているみなさん。当日は、友人と誘い合って、いそいそと王子スタジアムに出掛けようではありませんか。そして、ファイターズの諸君に心からの声援を送りましょう。
 その前に、伝言が一つ。関西リーグ初戦の前夜、8月31日の夕方に、大阪・中之島の朝日カルチャーセンターで、小野ディレクターの講演会があります。聞くところでは、事前の申し込みはほぼ満席ですが、10人程度なら、まだ受け入れ可能とのこと。聴講をご希望の方は、朝日カルチャーセンターにお問い合わせ下さい。

◆朝日カルチャーセンター中之島教室
アメリカンフットボールの本当の魅力 - 学生日本一:関西学院大学のディレクターが語る、体験的コーチング論とともに
日時:8月31日(土)18:30-20:30
講師:小野 宏 ディレクター
詳細こちら⇒http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=207734&userflg=0

(19)平郡君に

投稿日時:2013/08/17(土) 08:01

 8月16日は、平郡雷太君の命日である。
 2003年8月16日、兵庫県東鉢伏高原で合宿中に彼が急性心不全で亡くなってから、この日がちょうど10年。いま同じ場所で合宿中の部員や監督、コーチたちは、早朝練習が始まる前、彼を偲んで黙祷を捧げた。
 高校生の勉強会のため西宮にいる僕は、朝から上ヶ原の第3フィールドに出向き、平郡君の死を悼んで植えられた山桃の木に向かって黙祷し、彼に語りかけてきた。
 チームは彼にいくつかのことを誓った。その内容は、山桃の木の下に設置されたプレートの碑文に刻まれている。?君のファイターズにおける生き様を記憶し?部が存続する限り君の事故を教訓にして、常に安全に対する意識を高めることを心掛け?フットボールに対する君のひたむきな情熱を部関係者全員が学び、心新たに日々の活動に邁進する……というようなことである。
 そして「これからは、この地より後輩たちを見守り、励ましてください」とお願いして碑文を結び、最後に「一粒の麦は地に落ちなければ一粒のままである。だが死ねば多くの身を結ぶ」という新訳聖書の言葉が添えられている。
 この碑文は、ただの追悼碑ではない。いまも練習のために集まって来る部員が全員、その前にたたずんで、この碑文を読み、碑文の内容を胸に刻んでグラウンドに降りる。チームで長く活動している4年生も、入部したばかりの1年生も、その姿に変わりはない。
 もちろん、いまの部員で彼と面識のあった者は一人もいない。それでも、チームがいつも彼のことを語り継いでいるから、彼のことはすべての部員が知っている。チームの監督やコーチ、それに顧問の前島先生らが折に触れて彼のことにふれ、この記念樹が植えられた由縁を話し、プレートの碑文に込められた意味を語り継いできたからである。
 「常に安全に対する意識を高めことに心掛け」ということについても、真剣に取り組んでいる。チームには何人ものチームドクターがいるのに加え(合宿中も交代で参加してくれている)、プロのトレーニングコーチや理学療法士を置いて、安全な練習、事故に対する素早い手当などを心掛けるようになったのは、彼の事故が起きてからのことだし、毎年、新しいチームがスタートするときには小野ディレクターによる安全講習会を行っている。もちろん、全員の健康状態のチェックも厳密に行っている。入学時の脳検診(MRI)によって、日常生活では気がつかなかった脳の症状が見つかった部員もいる。脳震盪を起こした部員が練習に復帰するための厳密なマニュアルを定め、それを厳守させてもいる。
 気温の高い夏場は、練習開始時間も夕方5時以降に設定、熱中症に備えている。トレーナーは常に水分と塩分の補給を呼び掛け、休憩のたびに「頭の痛い者はすぐに申告を」と大きな声を掛ける。もちろん、練習自体も短く区切り、必ず水分やサプリメント補給の時間を設けている。
 夏の合宿中には、決まってこんなシーンを見掛ける。監督が自らホースを持ち、部員のヘルメットを脱がせて頭から水をかけて回るシーンである。
 すべてが安全に対する取り組みである。先日も久しぶりに合宿の慰問に行ったというOBの一人が「僕らの頃には、想像もつかない取り組み」とフェイスブックに投稿していたが、10年前といまでは安全に対する取り組みが変わってしまっている。
 こんな風に書くと「そんな練習で日本1のチームが出来るのか。平郡君に約束した日本1のチームが作れるのか」という疑問をもたれる方もあるに違いない。
 だが、それは杞憂である。いわゆる「根性練」でなくても、チームを強くする方法はある。チームの指導者が確信を持って、人間の身体構造から考えた合理的な練習、最新のメソッドを取り入れたより効率的なメニュー、食事の取り方や栄養バランス、そして適切な休養時間の確保。そうしたことに配慮しつつ練習メニューを組めば、十分に選手を鍛えることは出来る。それは、そうした取り組みに目を向けた以降のファイターズの成績が証明している。
 この2年間の甲子園ボウル2連覇は、安全を最優先した練習の成果と言っても過言ではないのである。
 平郡君! そういった次第です。チームに関係する全員があの日、君と約束した「君の事故を教訓にし、常に安全に対する意識を高めることを心掛け、フットボールに対する君のひたむきな情熱を全員が受け継いで」活動を続けています。安心して、これからもファイターズの活動を見守り続けてください。
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