石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2012/12

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(37)それぞれの役割

投稿日時:2012/12/26(水) 11:06

 先週末、少し時間が空いたので、録画していた甲子園ボウルの映像をじっくりと見返した。何度見ても、苦しい試合であり、見事な結末だった。
 第4Qも残り6分を切って、得点は10-17。前半リードしていたファイターズは、第3Q途中から法政に厳しく追い上げられ、逆転された。残り時間からいっても、両チームの勢いからいっても、敗色濃厚である。
 進退窮まったこの状況で、4年生のQB畑が足の痛みをおして登場。試合前の練習もできなかったエースが懸命にパスを投げる。残り4分42秒、畑がセンターライン付近から右サイドライン付近に投じた長いパスをWR木戸がキャッチ、そのまま相手コーナーバックとセーフティーを振り切ってTD。堀本のキックも決まって同点に追いつく。
 スタンドから見ていたときは、木戸が余裕でキャッチしたように見えたが、ビデオで確認すると、思いの外きわどい状況だった。右手からはCB、左手からはSFが挟み撃ちにするように詰めている。その真ん中にピンポイントで投げ込まれたパスを確保し、スピードで相手を振り切り、一気に25ヤードほどを走り切っていた。
 驚いたのは、このときの木戸の表情である。もちろん、喜んではいるのだが、それよりも「キャッチして当然」「独走して当たり前」。どちらかといえば涼しい顔に見えた。これは第3Q開始早々のキックを自陣6ヤードでキャッチし、そのまま94ヤードを独走してTDに結び付けたプレーの時にも見られたのだが、ともに勝敗を左右するビッグプレーの当事者とは思えないほどの冷静さだった。
 後日、練習前のグラウンドでその辺のことを聞いた。リターンTDの時は「前がぱっと開き、ブロッカーが大勢出て役割を果たしてくれ、走路が確保されていた。僕はそのコースを走っただけです」。TDパスをキャッチしたときは「二人のDBに挟まれたけど、畑さんのパスがその真ん中にきたので、そのまま走り切りました」。つまり、ブロッカーやQBがきちんと役割を果たしてくれたから、自分も役割を果たしただけ、というような趣旨の説明をしてくれた。
 その返事を聞いて、僕は驚き、また感心した。
 ファイターズはチーム練習を切り上げるとき、必ずハドルを組み、主将や副将、主務らが一言ずつコメントする。そこではよく「それぞれの役割をきっちり果たそう。やることをやって必ず勝とう」という意味の檄が飛ぶ。「それぞれの役割を果たす」ことに価値を置き「チームへの献身」が重んじられることを、4年生から1年生まで、構成員すべてが了解している組織といってもよい。
 試合に出る選手はもちろん、出られないけれどもスカウトチームを務める選手、練習の進行を管理するマネジャー、選手のトレーニングを担当し、食事から体調管理までを担当するトレーナー、ゲームプランを立てるために不可欠な資料を集め、分析するアナライジングスタッフ……。約200人の大所帯を構成する全員に、それぞれの役割があり、その役割を全員が確実に果たすことでチームが運営される。その総和が勝利に結びつく。
 ファイターズとは、そういうチームである。だから、試合の流れを変えるようなビッグプレーをしても、それは「ブロッカーが走路を確保してくれたから」であり「QBがいいパスを投げてくれたから」という言葉になるのだろう。自らの手柄は「役割を果たしただけ」と控えめに語れるのである。そういうたたずまいを持ったヒーローがいることに、僕はただただ感動する。そのヒーローがたゆまぬ鍛錬で、チームでも1、2を争う頑強な肉体を鍛え上げている事実を知っているだけに、その控えめな言葉がなおさら清々しく感じられるのである。
 「役割を果たす」ということでいえば、オフェンスラインが今季、営々と続けてきた「特訓」のことも忘れられない。主に3年生が中心になって通常の練習とは別にグラウンドに集合し、大村コーチの指導の下、2班に分かれて特別の練習を続けてきた。普段の練習だけでは力がつかないからということで始めた試みだが、これで木村、長森らのOLが格段に力を付けたという。これもまたOLとしての役割を果たすために取り組んだ努力の一端である。
 朝の食事会も行われた。生協食堂に協力を求め、主に大学周辺に下宿している部員を対象に、栄養面で配慮した朝食を提供する集まりだが、そこでもトレーナーの柿原君や楳田さんらが重要な役割を果たした。栄養面からの選手の体力作りに心を配ったのである。
 このように、それぞれの持ち場で200人の部員が「役割を果たした」結果が、大学日本1につながった。それもまた「仲間への信頼」「チームへの献身」の具体的な姿といえるだろう。
 こういうチームだからこそ、是非とも社会人代表を倒して日本1になってほしい。頂点に立つことによって、全国のフットボーラーに、青少年に「信頼」とか「献身」とかに、みんなが思っている以上に価値があることを知らしめてほしい。僕はそれを心から願っている。

(36)勝者の白い帽子

投稿日時:2012/12/17(月) 22:02

 冬にはまれな暖かい日差しを浴びて始まった甲子園ボウル。グラウンドでは、ファイターズとトマホークスの互いにねじり合うようなタフな試合が展開されている。
 得点は17-17。自陣14ヤード、残り時間は1分45秒。ここからファイターズの攻撃が始まる。
 まずは畑からWR小山に19ヤードのパスが通ってダウン更新。次は畑からWR梅本への5ヤード、同じくWR南本へのパスがヒットして再びダウンを更新、中央付近まで陣地を進める。
 すぐにスパイクで時間を止め、残り時間は1分14秒。ここで畑からWR大園へ25ヤードのパスが通り、相手ゴール前27ヤード。ぎりぎりでフィールドゴールを狙える地点までたどり着く。しかし、甲子園ボウルの舞台は野球場。この付近は急きょ、この試合に備えて土のグラウンドに芝生を張った場所であり、足下が微妙に狂う可能性がある。だからこそ、タッチダウンを狙いたい。それが無理でも、ゴールになるだけ近付き、中央から余裕を持って蹴りたい。
 残り時間は1分2秒。だが、畑から小山へ投じた2本のパスがともに目標をそれて失敗。最後のターゲットはレシーバーのパートリーダー南本。左サイドライン際に投じられたパスを南本が懸命にキャッチしてゴール前7ヤード。
 17-17。味方のちょっとしたミス、相手のビッグプレーで、直ちに勝敗がひっくり返る緊迫した状況で、一つ一つのプレーを確実につなぎ、1分足らずの間に、畑とレシーバー陣はパスだけで79ヤードを進めた。練習で築き上げた互いの信頼関係があったからだ。4年生の畑、小山、南本、3年生の梅本、2年生の大園。これにこの日、94ヤードののキックオフリターンTDと48ヤードTDパスキャッチの離れ業を演じた2年生の木戸を加えたワイドレシーバー陣の信頼関係は、攻撃の司令塔であり、先発を予定されていた畑のアクシデントがあっても崩れることはなかった。
 日ごろから、どのパートよりも早くグラウンドに降り、グラウンドの真ん中に陣取って短いパス、長いパスを投げ分け、距離やタイミングを合わせてきた。南本が精神的な支柱になり、小山がプレーをリードし、梅本や木戸が体を張って続けてきたレシーバー陣とQB陣の努力が、この79ヤードのドライブとして表現されたのである。
 足を痛め、試合前の練習もできなかった畑が懸命にパスを投げ、時には軌道の乱れるそのパスをレシーバー陣が必死に確保する。鬼気迫るプレーとは、こういう場面をいうのだろう。それはファイターズの面々がこの1年間、必死に追い求めてきた「仲間への信頼」が形になった瞬間だった。
 遠く離れたスタンドからでは、選手の表情は見えない。けれども、チームのために、勝利のために気高く戦おう、美しく戦おうと、全身全霊を込めてプレーしている選手たちの必死さは、痛いほど伝わってくる。見ているだけで涙がにじんできた。
 そしてサードダウンゴール。RB望月がゴール前2ヤードまで持ち込んで、中央付近からフィールドゴールトライ。慎重にタイムアウトを取って、残り時間2秒とした後、安定感抜群のキッキングチームに守られた堀本が確実に決めて20-17。それとともに試合終了。エースQBを欠いたままで進めた苦しい戦いに勝利した。
 ただちに勝利監督の放送用のインタビューや表彰式。それが終わるのを待ちかねたように、ライン沿いに整列した選手全員が3塁側内野席からアルプス席を埋めたファンの方に向き直る。校歌「空の翼」の大合唱。選手の後方に並んでいるコーチやスタッフも、懸命にそれに唱和する。事前に、グラウンドに降りられるカードを用意していたので、僕も選手たちの後方に立って、思い切り歌う。
 進行の合間に、選手とチーム関係者全員に白い帽子が配られる。「2012 CHAMPIONS」と書き、ファイターズのロゴマークを入れた優勝キャップ。昨年の甲子園ボウルに続いて、アンダーアーマー社から提供されたという。勝利者だけが着用できる特別の帽子である。
 選手たちは全員、それをかぶり、互いに喜びを分かち合っている。集合写真の撮影が終われば、パートごとの写真。携帯カメラを構え、インタビューを受けている仲間にも声を掛けて呼び集める。
 全員、はじけるような笑顔である。コーチたちもニコニコとそれを見つめている。冗談を言って笑わせるコーチもいる。日ごろは厳しい兄貴分として振る舞う5年生コーチも、選手と一緒になって写真に収まっている。手を上げ、帽子を振り回す選手がいる。鳥内監督と二人の息子(LBの貴央君とDBの將希君)を並ばせて記念のスナップを撮る、気の利いたスタッフがいる。二人の息子の肩を抱いた監督の笑顔が何よりもこの勝利の喜びを物語っている。
 夕日が落ちると、空に弦月。僕たち関西学院に連なる者にとっては、特別の意味を持つ三日月が輝き始めた。
 僕は生涯、三日月を見るたびに、白い帽子を見るたびに、この日の苦しい勝利、試練に耐えて、また耐えてつかんだ劇的な勝利を思い出すことだろう。最後の攻撃シリーズをクライマックスに演出したディフェンス陣、苦しい中、懸命に試合を作ったオフェンスラインとRB陣、そして大舞台の経験がないのに、必死で試合をリードした2年生QBの斎藤……。彼らの顔と、握手を交わした手の感触が忘れられない。
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