石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2015/1/1
(38)校歌を歌う
投稿日時:2015/01/01(木) 01:06
甲子園ボウルで勝利した数日後、第3フィールドで鷺野主将に会った。そのときの短い会話である。
「おめでとう。本当に素晴らしい試合やったな。事前の準備がビシッと決まったし、みんな集中していた。感動したわ」と僕。
彼はニコッと笑いながら「ええ、今度は勝負をかけます」と答える。
勝利の余韻に浸っている僕と、もう次の試合のことしか頭にない彼。あれだけ素晴らしい試合を仕上げたことより、最後の決戦に向けて「今度は勝負をかけます」と言い切った主将。チームに責任を負う人間と、それをスタンドから応援している人間との気持ちの持ちようの違いが、こんな会話のすれ違いにも鮮明に表れたことに僕は驚いた。
もちろん、ライスボウルで勝つ、社会人を倒して日本1になる、という目標を達成するためには強豪がひしめく関西リーグで勝たなければならない。さらに、甲子園ボウルで関東の代表にも勝って、初めてライスボウルの舞台に立てる。その間、どの試合についても周到な準備をし、練りに練った戦術を駆使しなければならない。実際は、試合ごとに勝負をかけてきたはずだ。
しかし彼は、そんな勝利を振り返って喜ぶそぶりも見せず「今度は勝負をかけます」と言い切った。あえて「今度は」といった言葉に彼の心中に期すものの大きさが表れている。「絶対に勝ってやる」という強い気持ちが表現されている。
「よっしゃ!その心意気や」。僕はニコッと笑いを返し、ひたすら前を向いて進む好漢に幸あれ!と心から願った。
さて、ここからが本題である。グラウンドで戦う人間ではなく、ファイターズを応援する人間の一人として「校歌を歌える幸せ」について書いておきたい。
甲子園ボウルで勝利が決まった直後、関係者の配慮で僕はグラウンドに降りることが許された。表彰式では甲子園ボウルのMVPとしてRB橋本君、年間最優秀選手として主将の鷺野君が表彰される。勝利監督やヒーローのインタビューが終わると、部員全員がスタンドに向かって整列し、主将の「応援ありがとうございました」の声にあわせて、全員が深々と頭を下げる。
スタンドからは盛大な拍手。やがてブラスバンド部の演奏と応援団総部のリードで校歌「空の翼」の大合唱が始まる。スタンドの大応援団、そしてグラウンドの選手やスタッフ、監督やコーチが声を合わせ、高らかに「風に思う、空の翼」と歌う。
ほんの数分の時間。しかし、その短い時間に、僕は関西学院という学校を誇りに思い、ファイターズというチームを応援できることの幸せを心ゆくまでかみしめた。多分、スタンドで応援されている方も、グラウンドで力一杯戦ったメンバーも、それを支えたコーチやスタッフも、みんな同じ思いだろう。一緒に歌っていた小野ディレクターが「こうして校歌を歌えることって、本当に幸せですね」と話しかけられたが、全くその通りである。
けれども、そういう幸せな時間、誇りを胸に刻む時間を、関西学院大学で学ぶ2万4千人の学生の何%が共有しているだろうか。その前に2万4千人の学生のうち、譜面を見ないで校歌を歌える学生がどれほどいるだろうか。
校歌に限らず、歌には人々を奮い立たせ、アイデンティティーを共有させる力がある。フランス革命から生まれたフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」、太平洋戦争で学徒出陣の学生たちが斉唱した「海ゆかば」はその代表だろう。その昔、野球の早慶戦が東都のファンを二分したときの「都の西北」と「若き血」にも、それぞれの存立基盤を確認し、母校への強い絆を確かめる役割があった。
時は移り、世は変わって、いまは社会のあらゆる分野で、そうした「共通の基盤」が失われつつある。校歌を歌えない学生だけではない。校歌が代表する「母校」への帰属意識の薄い学校関係者も年々増えていると聞く。関西学院の創立125周年寄付者名簿を見ても、卒業生の数に比べて、寄付した人の数のいかに少ないことか。
そういう時代だからこそ、スタンドとグラウンドが一緒になって勝利を喜び、高らかに校歌を歌えることに大きな意味がある。価値がある。関西学院につながる者すべてが互いに共通の存在基盤を確かめ、母校への絆を確認することの大切さが実感できる。
チームとともに校歌を歌える幸せ。それを考えていくと「清く戦い、その名に恥じないチームとして品性を持て」と歌い、「懐かしく慕わしい関西学院、それはこの地上で一番の学校、その母校のために戦おう」と歌い上げる「Fight on, Kwansei」と表裏一体の関係にあることがよく理解できる。
1月3日、東京ドームでの戦いで、ファイターズの諸君が高らかに「ファイト オン」を歌い、スタンドとグラウンドが一体となって勝利の校歌を歌えることを切望している。「今度は勝負をかけます」と言い切った主将が率いるチームの奮闘を心から祈っている。
「おめでとう。本当に素晴らしい試合やったな。事前の準備がビシッと決まったし、みんな集中していた。感動したわ」と僕。
彼はニコッと笑いながら「ええ、今度は勝負をかけます」と答える。
勝利の余韻に浸っている僕と、もう次の試合のことしか頭にない彼。あれだけ素晴らしい試合を仕上げたことより、最後の決戦に向けて「今度は勝負をかけます」と言い切った主将。チームに責任を負う人間と、それをスタンドから応援している人間との気持ちの持ちようの違いが、こんな会話のすれ違いにも鮮明に表れたことに僕は驚いた。
もちろん、ライスボウルで勝つ、社会人を倒して日本1になる、という目標を達成するためには強豪がひしめく関西リーグで勝たなければならない。さらに、甲子園ボウルで関東の代表にも勝って、初めてライスボウルの舞台に立てる。その間、どの試合についても周到な準備をし、練りに練った戦術を駆使しなければならない。実際は、試合ごとに勝負をかけてきたはずだ。
しかし彼は、そんな勝利を振り返って喜ぶそぶりも見せず「今度は勝負をかけます」と言い切った。あえて「今度は」といった言葉に彼の心中に期すものの大きさが表れている。「絶対に勝ってやる」という強い気持ちが表現されている。
「よっしゃ!その心意気や」。僕はニコッと笑いを返し、ひたすら前を向いて進む好漢に幸あれ!と心から願った。
さて、ここからが本題である。グラウンドで戦う人間ではなく、ファイターズを応援する人間の一人として「校歌を歌える幸せ」について書いておきたい。
甲子園ボウルで勝利が決まった直後、関係者の配慮で僕はグラウンドに降りることが許された。表彰式では甲子園ボウルのMVPとしてRB橋本君、年間最優秀選手として主将の鷺野君が表彰される。勝利監督やヒーローのインタビューが終わると、部員全員がスタンドに向かって整列し、主将の「応援ありがとうございました」の声にあわせて、全員が深々と頭を下げる。
スタンドからは盛大な拍手。やがてブラスバンド部の演奏と応援団総部のリードで校歌「空の翼」の大合唱が始まる。スタンドの大応援団、そしてグラウンドの選手やスタッフ、監督やコーチが声を合わせ、高らかに「風に思う、空の翼」と歌う。
ほんの数分の時間。しかし、その短い時間に、僕は関西学院という学校を誇りに思い、ファイターズというチームを応援できることの幸せを心ゆくまでかみしめた。多分、スタンドで応援されている方も、グラウンドで力一杯戦ったメンバーも、それを支えたコーチやスタッフも、みんな同じ思いだろう。一緒に歌っていた小野ディレクターが「こうして校歌を歌えることって、本当に幸せですね」と話しかけられたが、全くその通りである。
けれども、そういう幸せな時間、誇りを胸に刻む時間を、関西学院大学で学ぶ2万4千人の学生の何%が共有しているだろうか。その前に2万4千人の学生のうち、譜面を見ないで校歌を歌える学生がどれほどいるだろうか。
校歌に限らず、歌には人々を奮い立たせ、アイデンティティーを共有させる力がある。フランス革命から生まれたフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」、太平洋戦争で学徒出陣の学生たちが斉唱した「海ゆかば」はその代表だろう。その昔、野球の早慶戦が東都のファンを二分したときの「都の西北」と「若き血」にも、それぞれの存立基盤を確認し、母校への強い絆を確かめる役割があった。
時は移り、世は変わって、いまは社会のあらゆる分野で、そうした「共通の基盤」が失われつつある。校歌を歌えない学生だけではない。校歌が代表する「母校」への帰属意識の薄い学校関係者も年々増えていると聞く。関西学院の創立125周年寄付者名簿を見ても、卒業生の数に比べて、寄付した人の数のいかに少ないことか。
そういう時代だからこそ、スタンドとグラウンドが一緒になって勝利を喜び、高らかに校歌を歌えることに大きな意味がある。価値がある。関西学院につながる者すべてが互いに共通の存在基盤を確かめ、母校への絆を確認することの大切さが実感できる。
チームとともに校歌を歌える幸せ。それを考えていくと「清く戦い、その名に恥じないチームとして品性を持て」と歌い、「懐かしく慕わしい関西学院、それはこの地上で一番の学校、その母校のために戦おう」と歌い上げる「Fight on, Kwansei」と表裏一体の関係にあることがよく理解できる。
1月3日、東京ドームでの戦いで、ファイターズの諸君が高らかに「ファイト オン」を歌い、スタンドとグラウンドが一体となって勝利の校歌を歌えることを切望している。「今度は勝負をかけます」と言い切った主将が率いるチームの奮闘を心から祈っている。