石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

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(33)大きなギフト

投稿日時:2020/01/01(水) 00:38

 31日朝、久方ぶりに上ヶ原のグラウンドへ顔を出した。空は晴れ、青い空が広がり、所々に白い雲が浮かんでいる。大晦日の朝、まだ10時にもならないというのに、少し動けば汗がにじみ出てきそうな暖かさだ。
 グラウンドで体を動かしている選手は大半が長袖のトレーナー姿。中には半袖シャツだけという選手もいる。
 何よりも日差しが明るく、強い。つい先日までは授業が優先で、練習開始は夕方の5時半、6時から。日はとっぷりと暮れ、正真正銘の夜間練習だった。照明があっても薄暗く、遠くからだと選手の動きはもちろん、表情などは全く見えない。六甲連山から吹き下ろしてくる風は冷たく、どんなに厚着をしていても、体の芯から凍えてきた。
 そんな練習風景になじんでいたから、この日、久々に訪れたグラウンドは、まるで別世界。冬至も10日を過ぎれば一朝来復。このグラウンドから新しい年、新春が訪れたような気分だった。
 選手の動きも軽快だ。関西リーグの終盤から甲子園ボウルを迎えるまで、ずっと漂っていた重苦しい空気は一掃され、すがすがしい空気が漂っている。大きな試合の直前とあって、練習の強度が軽くなっていることを考慮しても、なんだか別のチームの練習を見ているような気分になってくる。
 どうしてここまで清々しい空間が生まれたのか。僕の勝手な解釈を言えば、立命館との2度の決戦は「絶対に負けられない戦い」、早稲田大学との甲子園ボウルは「絶対に勝ちたい戦い」、そして迎える1月3日のライスボウルは「思いっ切り自分たちの力を発揮する戦い」。そのように解釈すれば、重っ苦しい空気が一掃されたことも、いま挑戦者として、伸び伸びとした練習ができている理由も分かる気がする。
 そう考えると、この季節までチームの全員が大きな目標を持って練習できることが、どれほど幸せかということに思いが至る。
 関西リーグで敗退すれば、12月を迎える前にシーズンが終わってしまう。4年生は全員引退だ。迎えた西日本代表決定戦を勝ち抜いても、甲子園ボウルで敗退すれば、それでシーズン終了。かくしていま、次なる試合に備えて勝つための練習ができる環境にあるのはファイターズのみ。その練習が楽しくないはずがない。
 ほんの1カ月前、立命館との決戦を前にしたチームと、いま社会人代表との戦いを前にしたチームでは、置かれた環境が一変している。雰囲気が明るくなった理由もよく分かる。こういう雰囲気の中で練習できることが、試合で先発するメンバーだけでなく、交代メンバーやスカウトチームメンバーの底上げに直結していることはいうまでもない。
 さらにいえば、こういう環境があるからこそ、新しい戦術を開発し、それに習熟する時間も得られる。
 振り返れば、ファイターズはこの10年間で7回も、こういう濃密な時間を持つことができている。その時間の積み重ねが、他のライバルたちを凌駕するための強力な武器になっているのではないか。
 そう考えると、関西リーグはとっくに終わり、甲子園ボウルも終了したこの時期、大きな目的を持って練習に励めるというのは、とてつもない幸せな時間、大切な時間に思えてくる。それは今年のチームだけではなく、来年、再来年と続くチームにとっても大きなギフトであり、財産になるに違いない。
 迎えて新年。1月3日、東京ドームでこの練習の成果を存分に発揮してもらいたい。僕はそれを心から願っている。

(32)爆発する笑顔

投稿日時:2019/12/17(火) 15:31

 15日夕、早稲田大学との死闘を終え、表彰式やテレビ・新聞のインタビューや写真撮影など、すべての公式行事が終わった後のことだ。チームの全員が改めて1塁側アルプススタンドに向かって整列し、最後まで声援を送り、大学王者となった瞬間を見届けてくださった応援の人たちに向かって深々と頭を下げた。
 改めて大きな拍手を浴びた後、今度は選手・スタッフ全員がグラウンドの側を向く。その瞬間、寺岡主将がはじけるような笑顔になり、今季一番の大きな声で鬨(とき)の声をあげる。僕は、すぐ目の前でその場面を目撃していたが、彼がなんと叫んだかは覚えていない。とにかく顔全体が破裂してしまいそうな笑顔になり、両手を広げ、大声をあげ、全身で喜びを爆発させている。周囲の仲間も男女、選手、スタッフ、学年を問わずに大声をあげ、喜びを全身で表現する。
 まさに歓喜の時。それは近年、甲子園で勝ったどの年度のチームにも増して、大きな喜びのように僕には感じられた。
 それだけ、主将にとっても、チームにとっても、今季は苦しかったということだろう。リーグ戦が始まり、中盤になっても、なかなか調子は上がってこない。神戸大との試合では、相手にいいように攻められ、わずか2点差の辛勝。関西大との戦いはなんとか乗り越えたが、立命館大との決戦はスコア以上にチーム力の差を感じさせられる敗戦だった。
 それから毎週、西南学院大、神戸大という、十分にファイターズを研究してきたチームと戦い、迎えた西日本代表決定戦。立命館との今季2度目の対戦は、工夫に工夫を重ねたノーハドルオフェンスを駆使して勝利を収めたが、そこまできても、チームには重苦しい雰囲気が拭いきれない。
 昨秋のけがで、ほぼ1年間のブランクがあった寺岡主将はシーズンも半ばを過ぎて戦列に復帰したが、当初は「思うように動けない」と自分のプレーに納得のいかない言葉が続いていた。ようやく立命戦のあたりから本来の調子を取り戻してきたが、入れ替わるように守備の要である4年生の藤本や畑中がけがで戦列を離れる。シーズンも最終盤というのに、チームのまとまりもよくない。
 何よりも、早々に甲子園を見据えて動き始めた早稲田大学に比べ、毎週のように試合が続いたファイターズは、相手を研究し、対策を立て、ゲームプランを練る時間が圧倒的に足りていない。
 そんなチーム事情を誰よりもよく知っている主将にとっては、プレーでチームを引っ張っていけないもどかしさと悔しさ、言葉を尽くしても結束して戦う姿が見えてこないチームの状況は、焦りと危機感ばかりを募らせたに違いない。本来は気さくで明るい性格だが、けがの回復状況が思わしくなく、チームの状態も上がってこない時期は、本当に苦しそうだった。
 そういう苦しみが少し吹っ切れたように見えてきたのは、立命館との西日本代表決定戦に勝ってから。チームの結束が強くなったのか、ハドルでの声はグラウンド全体に響き渡るほど大きくなり、チームメートを鼓舞する言葉にも自信が戻ってきたように見えた。
 主将が変わればチームも変わる。迎えた甲子園ボウルでは、十分に相手を研究し、対策を練る時間のあった強敵を相手に、戦士たちは一歩も引かずに戦った。
 前半は、QB奥野からWR阿部や糸川へのパスが面白いように決まり、ファイターズが20-14と優位に試合を進める。
 しかし、後半は一転して早稲田のペース。第3Qの立ち上がりこそ、ファイターズがRB前田公の42ヤード独走TDで27-14と点差を広げたが、即座に相手が反撃。ともに国内最高級の能力を持つQBとエースレシーバーのホットラインが機能して立て続けにTDを決め、第3Q終了時点では28-27と逆転。ファイターズの応援席からは「やばい!」という悲鳴が聞こえてくる。
 しかし、関西リーグで1度地獄を見たファイターズは、ここから踏ん張る。RB三宅や前田公のランなどで一気に相手ゴール前に迫り、仕上げは前田公の中央ダイブ。再度逆転し、トライフォーポイントは三宅のランプレー。見事に決まってリードを7点に広げる。
 前田公は次の攻撃シリーズでも38ヤードを独走。その好機にK安藤が決定的なFGを決めて勝負はついた。
 この試合と同様、今季は試練と苦しい場面が交錯する試合を次々と乗り越えてきた。その果てに手にした学生王者の座である。試合中はもちろん、試合後も公式の儀式が続く間は「よそいきの顔」で、ぐっと押さえていた喜びが、応援席への最後の挨拶を終え、仲間との時間が戻った瞬間に爆発したのはよく分かる。
 今季、苦しみ抜いた主将が顔全体をくしゃくしゃにして喜びを爆発させ、それにチームの全員が応えた場面を撮影したカメラマンは多分、いないであろう。もちろん僕も撮影していない。それほど突然の出来事だった。けれども、その場に居合わせた僕は、そのシーンを目に焼き付けている。
 その画像は今季、折あるごとに監督やコーチから「4年生が足を引っ張っている」といわれ、もがき苦しみ、その状況を突破しようと全力で取り組んできた主将や幹部の姿を見続けてきた僕にとって、最高の宝物となった。ありがとう、寺岡主将。よく戦ったぞ、ファイターズの諸君。
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