石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2013/4
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(2)練習2時間前
投稿日時:2013/04/10(水) 07:28
この前の日曜日。前夜からの強風は衰えを見せず、天気予報は「爆弾低気圧」の襲来を警告していた。
しかし、朝、目を覚ますと、暴風雨の気配はない。これなら予定通りに練習が始まるぞ、と勝手に決めて、さっさと会社の原稿を仕上げ、昼前には上ヶ原の第3フィールドに向かった。
グラウンドに到着したのは正午前。チーム練習が始まるまでには、まだ2時間以上ある。けれども、もう4年生を中心に2,30人の部員が集まって防具を着け、簡単な準備運動を始めている。ファイアターズの諸君が「屋根下」と呼んでいる物置兼治療スペース兼準備室兼マッサージ室兼着替え室という便利なスペースでテーピングをしたり、練習前の用具を点検したりしている。その中心になっているのがトレーナーやマネジャーで、みんな忙しく立ち働いている。いつもと変わらぬ光景である。
ふと見ると、その片隅で副将のDB鳥内君がせっせと練習に使うボールに空気を入れている。同じく4年生のRB野々垣君は大きなダミーを担いで何度もグラウンドを往復している。ともに練習のための準備である。主将の池永君や副将の友國君、池田君は、テーピングを巻き終わると同時にグラウンドに飛び出し、それぞれパートのメンバーと体をほぐしている。
早くからグラウンドに出ていたキッカーたちは、強風に立ち向かうようにパントの練習を始め、中央ではQBの斎藤君が肩慣らしのキャッチボールをしている。これもまた、いつも通りの光景である。
練習2時間前といえば、コーチや監督はまだグラウンドに顔を見せていない。大声を上げて命令する部員もいないし、何をしてよいのか分からずにうろうろする部員もいない。けれども部員たちは、誰に指示されるわけでもなく、自らのやるべきことに黙々と取り組んでいる。
その先頭に立っているのが4年生である。練習の準備から進行、安全対策まで、すべてに責任を持ち、パートの先頭に立って練習を引っ張っている。3年生や2年生もそれに同調し、黙々とメニューをこなしていく。学年が変わり、新しいシーズンが始まっても、この流れは変わらない。
その昔、まだ人工芝のグラウンドがなく、土のグラウンドで練習していたころの光景を思い出す。僕が熱心に練習を見学するようになったのは2001年、石田力哉君が主将の時代だったが、その頃も練習が始まる何時間も前から石田君がトンボでグラウンドをならし、副将の榊原君がホースで水をまいていた。それを横目に1年生の佐岡君や石田貴祐君がデカイ態度で談笑していた。
そのときに石田主将から聞いた言葉が忘れられない。「体力のある4年生が(練習の下準備など)しんどいことをするのは当たり前。僕らは下級生に助けてもらうんですから」。いかつい体格に似合わない笑顔で、彼はそんなことを話してくれた。
ファイターズは、常々、「4年生のチーム」と言われる。4年生がすべてを仕切り、すべてに責任を持つチームということだろう。しかし、それは4年生が威張ることではない。その権力を背景に、下級生を怒鳴ったり、いじめたりすることでもない。そうではなくて、4年生がしんどいこと、苦しいことに率先して取り組み、その振る舞いでチームを引っ張っていくことである。
重いダミーを運ぶのも、ボールに空気を入れるのも、練習をスムーズに運ぶためには欠かせない行動である。それを4年生の幹部が自発的に、自然な形で行うところに「4年生のチーム」の本質がある。そして「しんどいことを4年生がするのは当たり前」という伝統が、誰かに命令されたり強制されたりすることなく受け継がれてきたところに、このチームの奥の深さがある。
それはいま、世間で話題になっている体罰やいじめとは無縁の世界である。怒鳴り声とも暴力とも、遠く離れた世界である。
チーム練習の始まる2時間も前から、そういう光景が見られるのだから「爆弾低気圧」の予報ごときにはひるんでおれない。かくして、僕はまた、せっせと仁川からの坂道を上っていくのである。
しかし、朝、目を覚ますと、暴風雨の気配はない。これなら予定通りに練習が始まるぞ、と勝手に決めて、さっさと会社の原稿を仕上げ、昼前には上ヶ原の第3フィールドに向かった。
グラウンドに到着したのは正午前。チーム練習が始まるまでには、まだ2時間以上ある。けれども、もう4年生を中心に2,30人の部員が集まって防具を着け、簡単な準備運動を始めている。ファイアターズの諸君が「屋根下」と呼んでいる物置兼治療スペース兼準備室兼マッサージ室兼着替え室という便利なスペースでテーピングをしたり、練習前の用具を点検したりしている。その中心になっているのがトレーナーやマネジャーで、みんな忙しく立ち働いている。いつもと変わらぬ光景である。
ふと見ると、その片隅で副将のDB鳥内君がせっせと練習に使うボールに空気を入れている。同じく4年生のRB野々垣君は大きなダミーを担いで何度もグラウンドを往復している。ともに練習のための準備である。主将の池永君や副将の友國君、池田君は、テーピングを巻き終わると同時にグラウンドに飛び出し、それぞれパートのメンバーと体をほぐしている。
早くからグラウンドに出ていたキッカーたちは、強風に立ち向かうようにパントの練習を始め、中央ではQBの斎藤君が肩慣らしのキャッチボールをしている。これもまた、いつも通りの光景である。
練習2時間前といえば、コーチや監督はまだグラウンドに顔を見せていない。大声を上げて命令する部員もいないし、何をしてよいのか分からずにうろうろする部員もいない。けれども部員たちは、誰に指示されるわけでもなく、自らのやるべきことに黙々と取り組んでいる。
その先頭に立っているのが4年生である。練習の準備から進行、安全対策まで、すべてに責任を持ち、パートの先頭に立って練習を引っ張っている。3年生や2年生もそれに同調し、黙々とメニューをこなしていく。学年が変わり、新しいシーズンが始まっても、この流れは変わらない。
その昔、まだ人工芝のグラウンドがなく、土のグラウンドで練習していたころの光景を思い出す。僕が熱心に練習を見学するようになったのは2001年、石田力哉君が主将の時代だったが、その頃も練習が始まる何時間も前から石田君がトンボでグラウンドをならし、副将の榊原君がホースで水をまいていた。それを横目に1年生の佐岡君や石田貴祐君がデカイ態度で談笑していた。
そのときに石田主将から聞いた言葉が忘れられない。「体力のある4年生が(練習の下準備など)しんどいことをするのは当たり前。僕らは下級生に助けてもらうんですから」。いかつい体格に似合わない笑顔で、彼はそんなことを話してくれた。
ファイターズは、常々、「4年生のチーム」と言われる。4年生がすべてを仕切り、すべてに責任を持つチームということだろう。しかし、それは4年生が威張ることではない。その権力を背景に、下級生を怒鳴ったり、いじめたりすることでもない。そうではなくて、4年生がしんどいこと、苦しいことに率先して取り組み、その振る舞いでチームを引っ張っていくことである。
重いダミーを運ぶのも、ボールに空気を入れるのも、練習をスムーズに運ぶためには欠かせない行動である。それを4年生の幹部が自発的に、自然な形で行うところに「4年生のチーム」の本質がある。そして「しんどいことを4年生がするのは当たり前」という伝統が、誰かに命令されたり強制されたりすることなく受け継がれてきたところに、このチームの奥の深さがある。
それはいま、世間で話題になっている体罰やいじめとは無縁の世界である。怒鳴り声とも暴力とも、遠く離れた世界である。
チーム練習の始まる2時間も前から、そういう光景が見られるのだから「爆弾低気圧」の予報ごときにはひるんでおれない。かくして、僕はまた、せっせと仁川からの坂道を上っていくのである。
(1)隠されたヒーロー
投稿日時:2013/04/03(水) 07:16
桜が咲いて春。先週末、大学とその周辺を歩いたが、どこもかしこも桜が満開。学園花通りと名付けられて正門前の桜並木も、日本庭園の桜の園も、見事に咲きそろっていた。
この花が咲く前に4年生は卒業し、散っていくころには新しい仲間を迎える。そして、フットボールの新しいシーズンがスタートする。それに伴って、しばらく休眠していたこのコラムも再開という段取りである。
例年なら、さて何から書こうか、と思案するところだが、今季はこの話から書きたいと決めていた。いささか旧聞に属することではあるが、昨シーズンのアンサンヒーローのことである。
ファイターズは毎年、シーズンが終わると中学部から高校、大学までが一堂に会して、壮行会を開いている。それぞれの組織を巣立っていく生徒や学生を送る合同送別会といえば分かりやすい。
その席上、部員を対象にした各種の表彰がある。大学では、文武両道で活躍した部員に贈られる大月杯(今年はDB保宗君が受賞)、逆境を跳ね返す、豪傑と呼ぶに値する部員に贈られる領家杯(同じくLB川端君)、スペシャルチームに貢献したスペシャルチーム賞(アナライジングスタッフ、藤原君)、特別賞(アナライジングスタッフ多田君とマネジャーの木戸さん)、そして余り目立たないかも知れないが、身を挺してチームに貢献したヒーローに贈られるアンサンヒーロー賞(WR南本君が受賞)である。それぞれ、担当コーチが選出し、表彰する。
この受賞者のそれぞれに、このコラムで紹介するにふさわしい物語がある。しかし今回は、あえてアンサンヒーローのことを紹介したい。
白状すると、毎年、壮行会の当日、末席を汚しながら、今年はどんな選手、部員が表彰されるのだろうか、と考えるのが僕の密かな楽しみである。式の進行は聞き流し、ひたすらあの選手、この部員と思いをめぐらせているだけで、時間がどんどん過ぎていく。
驚いたことに、今年は僕が予想した人たちが次々に名前を呼ばれた。気がつけば、僕がその活動ぶりを目にする機会のなかった一人を除いて、受賞者はすべて、僕が予想した通りの名前だった。
中でも、絶対に間違いないと思っていたのがアンサンヒーローの南本君。競馬でいえばガチガチの本命、鉄板レースと確信していた。なぜか。それは、このコラムでも折りにふれて取り上げてきたが、練習でも試合でも、日ごろの取り組みでも、彼の行動が他の誰にも増して印象深かったからである。
もちろん、梶原主将を先頭に、ほかの部員の言動にも、それぞれに印象深い場面があった。彼らと言葉を交わすたびに「この子は成長したな」と思わせられることが何度もあった。それでも、その中から一人を選べ、といわれると南本君以外は考えられなかった。
思い起こせば、彼は春のシーズンからずっと、チームの練習をリードしてきた。WRのパートリーダーとしての役割を果たすのはもちろん、多くの4年生がけがなどで戦列を離れ、試合はもちろん練習にも加われない状態にあるときに、率先して下級生を引っ張り、先頭に立って練習を仕切ってきた。
試合では、甲子園ボウルの最後のシリーズが象徴するように「ここ一番」という場面では必ずボールを確保。QBの畑君を助け、チームのピンチを救ってきた。トータルの数字では計りようのない活躍を続けてきたのである。
隠れた場面でも手を抜かないというのは、昨年の33回目のコラム「透明な空気」で取り上げた試合前日のグラウンド掃除の場面でも見ることができた。みんなが避けたがる側溝のゴミを拾い、掃除するのはいつも、彼と畑君のコンビだったのだ。
4年生のリーダーが率先して練習に取り組むのは当たり前のこと。試合で活躍するのも当然と言えば当然である。だが、人の目に触れないところ、隠れたところで手抜きをしない、というのは誰にも出来ることではない。それを何気ない態度で、当然のようにやり続け、チームのモラルを支えてきたのが南本君である。彼のような選手がいたから、昨年のチームは成長できた、どんな強敵にも勝つことができたと僕は確信している。
そして、今年のチームにも、必ずそういう隠されたヒーローが出現してくれるはず、と期待している。それが一人ではなく、複数になって、「アンサンヒーローを選考するのが難しい」という日が来ることを、密かに願っている。
◇ ◇
お知らせが一つ。
昨シーズンのコラムをまとめた冊子「2012年ファイターズ 栄光への軌跡」を発行しました。ファイターズの諸君には贈呈しましたが、一般の方々には試合会場でお披露目します。1冊500円。ファイターズへのカンパとして、すべてチームに寄付します。ご協力をいただければ幸いです。
この花が咲く前に4年生は卒業し、散っていくころには新しい仲間を迎える。そして、フットボールの新しいシーズンがスタートする。それに伴って、しばらく休眠していたこのコラムも再開という段取りである。
例年なら、さて何から書こうか、と思案するところだが、今季はこの話から書きたいと決めていた。いささか旧聞に属することではあるが、昨シーズンのアンサンヒーローのことである。
ファイターズは毎年、シーズンが終わると中学部から高校、大学までが一堂に会して、壮行会を開いている。それぞれの組織を巣立っていく生徒や学生を送る合同送別会といえば分かりやすい。
その席上、部員を対象にした各種の表彰がある。大学では、文武両道で活躍した部員に贈られる大月杯(今年はDB保宗君が受賞)、逆境を跳ね返す、豪傑と呼ぶに値する部員に贈られる領家杯(同じくLB川端君)、スペシャルチームに貢献したスペシャルチーム賞(アナライジングスタッフ、藤原君)、特別賞(アナライジングスタッフ多田君とマネジャーの木戸さん)、そして余り目立たないかも知れないが、身を挺してチームに貢献したヒーローに贈られるアンサンヒーロー賞(WR南本君が受賞)である。それぞれ、担当コーチが選出し、表彰する。
この受賞者のそれぞれに、このコラムで紹介するにふさわしい物語がある。しかし今回は、あえてアンサンヒーローのことを紹介したい。
白状すると、毎年、壮行会の当日、末席を汚しながら、今年はどんな選手、部員が表彰されるのだろうか、と考えるのが僕の密かな楽しみである。式の進行は聞き流し、ひたすらあの選手、この部員と思いをめぐらせているだけで、時間がどんどん過ぎていく。
驚いたことに、今年は僕が予想した人たちが次々に名前を呼ばれた。気がつけば、僕がその活動ぶりを目にする機会のなかった一人を除いて、受賞者はすべて、僕が予想した通りの名前だった。
中でも、絶対に間違いないと思っていたのがアンサンヒーローの南本君。競馬でいえばガチガチの本命、鉄板レースと確信していた。なぜか。それは、このコラムでも折りにふれて取り上げてきたが、練習でも試合でも、日ごろの取り組みでも、彼の行動が他の誰にも増して印象深かったからである。
もちろん、梶原主将を先頭に、ほかの部員の言動にも、それぞれに印象深い場面があった。彼らと言葉を交わすたびに「この子は成長したな」と思わせられることが何度もあった。それでも、その中から一人を選べ、といわれると南本君以外は考えられなかった。
思い起こせば、彼は春のシーズンからずっと、チームの練習をリードしてきた。WRのパートリーダーとしての役割を果たすのはもちろん、多くの4年生がけがなどで戦列を離れ、試合はもちろん練習にも加われない状態にあるときに、率先して下級生を引っ張り、先頭に立って練習を仕切ってきた。
試合では、甲子園ボウルの最後のシリーズが象徴するように「ここ一番」という場面では必ずボールを確保。QBの畑君を助け、チームのピンチを救ってきた。トータルの数字では計りようのない活躍を続けてきたのである。
隠れた場面でも手を抜かないというのは、昨年の33回目のコラム「透明な空気」で取り上げた試合前日のグラウンド掃除の場面でも見ることができた。みんなが避けたがる側溝のゴミを拾い、掃除するのはいつも、彼と畑君のコンビだったのだ。
4年生のリーダーが率先して練習に取り組むのは当たり前のこと。試合で活躍するのも当然と言えば当然である。だが、人の目に触れないところ、隠れたところで手抜きをしない、というのは誰にも出来ることではない。それを何気ない態度で、当然のようにやり続け、チームのモラルを支えてきたのが南本君である。彼のような選手がいたから、昨年のチームは成長できた、どんな強敵にも勝つことができたと僕は確信している。
そして、今年のチームにも、必ずそういう隠されたヒーローが出現してくれるはず、と期待している。それが一人ではなく、複数になって、「アンサンヒーローを選考するのが難しい」という日が来ることを、密かに願っている。
◇ ◇
お知らせが一つ。
昨シーズンのコラムをまとめた冊子「2012年ファイターズ 栄光への軌跡」を発行しました。ファイターズの諸君には贈呈しましたが、一般の方々には試合会場でお披露目します。1冊500円。ファイターズへのカンパとして、すべてチームに寄付します。ご協力をいただければ幸いです。
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