石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2010/11
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(28)疾風に勁草を知る
投稿日時:2010/11/08(月) 09:08
「疾風に勁草(けいそう)を知る」という言葉がある。本当に勁(つよ)い草か、それとも、強そうなのは外見だけで、実は簡単に倒れてしまうような草か、それは台風のような強い風に見舞われたときに初めて分かる、という意味である。
同じような言葉に「磐根錯節(ばんこんさくせつ)利器を分かつ」というのがある。磐(いわ)のようにごつごつした根っこや錯綜した節、つまり、とてもじゃないけど切断できそうにないものに出会って初めて、それを切断できる道具とできない道具の違いが分かる。転じて難局に出会ったときに、その人間の器が見えてくる、という意味に使われる。
順風に恵まれているときは、何をやってもうまくいく。人もちやほやしてくれる。けれども、人生はコインの裏表。順風があれば必ず逆風がある。人間の力では到底打開できそうにない壁にぶつかることもある。
そのようなときに、人はどう振る舞うのか。苦しい時の身の処し方にこそ、その人間の値打ち、本質が見えてくると、僕はつねづね考えている。だからこそ、こうした言葉を身近において自らを戒め、たとえ倒れても、再度立ち上がろうとしてきたのである。
ファイターズもいま、疾風に見舞われている。立命に敗れて「日本1」の文字が一気に遠くなった。チームに吹く風がいきなり逆風に変わった。関西リーグの残り2試合、たとえ勝ち続けても、甲子園ボウルに自力でたどりつくことはできなくなった。
この事態に、どう対処するのか。自分たちの努力の至らなさを嘆くのか。この逆境を招いたのは「監督の責任だ」とか「選手の気合が足りなかったから」と言い募るのか。
立命館との試合が終わった時に目にした、いくつかの光景を振り返りたい。
一つはスタンドでの一部OBたちの見苦しい振る舞いである。第4Q残り1分余りでファイターズが試みたオンサイドキックが立命の選手に確保された途端にどたばたと席を立ち、試合後のエール交換には見向きもせずに帰路についた人のなんと多かったことか。彼らは試合中、途切れることなくファイターズを罵倒していた人たちである。
「監督があほや」「こんな根性の入ってないチームは初めて見た」。試合中からビールを飲み、そういう罵詈雑言を浴びせ続けた人たちにとっては、エールの交換はつまらない儀式であり、敗れた選手をねぎらう必要も感じられなかったのだろう。でも、同じ関西学院に籍を置いた一人として、そのような心にゆとりのない卒業生の見苦しい振る舞いを見せつけられるのは耐え難かった。
二つ目は、試合後のスタンドの後片付けをされていた保護者の一人から、丁寧なご挨拶を頂いたことである。チームが敗れ、甲子園への道が限りなく遠くなったという事態にもかかわらず「4年間、いや高校のときから、息子がお世話になり、本当にありがとうございました」とお礼を言われたのである。その言葉を聞いて、僕は思わず泣きそうになった。
子どもをファイターズに預けた日から4年間、ひたすらその成長に思いをはせ、見守ってこられた親御さんにとって、この日の敗戦がどれほど悔しかったことか。毎週医者に通わなければならないほど体は傷ついているのに、それについては一言も言い訳せず、体を張ってチームを引っ張ってきたその選手の事情を知っているだけに、そんな事情も敗戦の悔しさも押し隠して、きちんと大人の挨拶をされる行き届いた姿に心を揺さぶられた。
三つ目は、もうすっかり日の落ちた正面出口でこの数年の間に卒業したファイターズの若手OBらと交わした会話。それぞれ久しぶりに会ったメンバーばかりで、久闊(きゅうかつ)を叙した後の彼らの言葉が印象深かった。
「池永って、1年生ですって。すごいプレーをしますね。これからが楽しみです」「立命は強かったですね。でも、ディフェンスは踏ん張っていたし、よく戦いましたよ」
異口同音に後輩の健闘をたたえる言葉が続く。立命と骨と骨がぶつかり、身のきしむような戦いをしてきたメンバーだからこそ、その立命の攻撃を必死になって受け止めてきた後輩をねぎらう言葉が出るのだろう。「気合が足りない」などといって後輩の戦いぶりを責めたOBは、僕が話した数人の中には一人もいなかった。
その直後には、顧問の前島先生から「尾崎は無事でした」と声をかけられた。尾崎君はこの日の第1プレー、キックオフされたボールをリターンしようとして、腹部に強烈なタックルを受け、そのまま病院に送られていた。検査の結果、内臓に損傷はなかったそうで、それをトレーナーの鶴谷さんと栗田さんから聞かされた先生が、たまたま顔を会わせた僕にも教えてくださったのだ。いつも、なによりも選手の心身を気遣われている先生からその言葉を聞いて、僕もスーッと気持ちが落ち着いた。そして、尾崎君に付き添って病院まで行ってくれた二人のトレーナーに、思わず頭を下げた。
疾風に勁草を知る。悔しい敗戦ではあったが、そんな中でも、人としてのたたずまいのよい人に次々と出会えたことは、僕にとって心慰められることであった。
同じような言葉に「磐根錯節(ばんこんさくせつ)利器を分かつ」というのがある。磐(いわ)のようにごつごつした根っこや錯綜した節、つまり、とてもじゃないけど切断できそうにないものに出会って初めて、それを切断できる道具とできない道具の違いが分かる。転じて難局に出会ったときに、その人間の器が見えてくる、という意味に使われる。
順風に恵まれているときは、何をやってもうまくいく。人もちやほやしてくれる。けれども、人生はコインの裏表。順風があれば必ず逆風がある。人間の力では到底打開できそうにない壁にぶつかることもある。
そのようなときに、人はどう振る舞うのか。苦しい時の身の処し方にこそ、その人間の値打ち、本質が見えてくると、僕はつねづね考えている。だからこそ、こうした言葉を身近において自らを戒め、たとえ倒れても、再度立ち上がろうとしてきたのである。
ファイターズもいま、疾風に見舞われている。立命に敗れて「日本1」の文字が一気に遠くなった。チームに吹く風がいきなり逆風に変わった。関西リーグの残り2試合、たとえ勝ち続けても、甲子園ボウルに自力でたどりつくことはできなくなった。
この事態に、どう対処するのか。自分たちの努力の至らなさを嘆くのか。この逆境を招いたのは「監督の責任だ」とか「選手の気合が足りなかったから」と言い募るのか。
立命館との試合が終わった時に目にした、いくつかの光景を振り返りたい。
一つはスタンドでの一部OBたちの見苦しい振る舞いである。第4Q残り1分余りでファイターズが試みたオンサイドキックが立命の選手に確保された途端にどたばたと席を立ち、試合後のエール交換には見向きもせずに帰路についた人のなんと多かったことか。彼らは試合中、途切れることなくファイターズを罵倒していた人たちである。
「監督があほや」「こんな根性の入ってないチームは初めて見た」。試合中からビールを飲み、そういう罵詈雑言を浴びせ続けた人たちにとっては、エールの交換はつまらない儀式であり、敗れた選手をねぎらう必要も感じられなかったのだろう。でも、同じ関西学院に籍を置いた一人として、そのような心にゆとりのない卒業生の見苦しい振る舞いを見せつけられるのは耐え難かった。
二つ目は、試合後のスタンドの後片付けをされていた保護者の一人から、丁寧なご挨拶を頂いたことである。チームが敗れ、甲子園への道が限りなく遠くなったという事態にもかかわらず「4年間、いや高校のときから、息子がお世話になり、本当にありがとうございました」とお礼を言われたのである。その言葉を聞いて、僕は思わず泣きそうになった。
子どもをファイターズに預けた日から4年間、ひたすらその成長に思いをはせ、見守ってこられた親御さんにとって、この日の敗戦がどれほど悔しかったことか。毎週医者に通わなければならないほど体は傷ついているのに、それについては一言も言い訳せず、体を張ってチームを引っ張ってきたその選手の事情を知っているだけに、そんな事情も敗戦の悔しさも押し隠して、きちんと大人の挨拶をされる行き届いた姿に心を揺さぶられた。
三つ目は、もうすっかり日の落ちた正面出口でこの数年の間に卒業したファイターズの若手OBらと交わした会話。それぞれ久しぶりに会ったメンバーばかりで、久闊(きゅうかつ)を叙した後の彼らの言葉が印象深かった。
「池永って、1年生ですって。すごいプレーをしますね。これからが楽しみです」「立命は強かったですね。でも、ディフェンスは踏ん張っていたし、よく戦いましたよ」
異口同音に後輩の健闘をたたえる言葉が続く。立命と骨と骨がぶつかり、身のきしむような戦いをしてきたメンバーだからこそ、その立命の攻撃を必死になって受け止めてきた後輩をねぎらう言葉が出るのだろう。「気合が足りない」などといって後輩の戦いぶりを責めたOBは、僕が話した数人の中には一人もいなかった。
その直後には、顧問の前島先生から「尾崎は無事でした」と声をかけられた。尾崎君はこの日の第1プレー、キックオフされたボールをリターンしようとして、腹部に強烈なタックルを受け、そのまま病院に送られていた。検査の結果、内臓に損傷はなかったそうで、それをトレーナーの鶴谷さんと栗田さんから聞かされた先生が、たまたま顔を会わせた僕にも教えてくださったのだ。いつも、なによりも選手の心身を気遣われている先生からその言葉を聞いて、僕もスーッと気持ちが落ち着いた。そして、尾崎君に付き添って病院まで行ってくれた二人のトレーナーに、思わず頭を下げた。
疾風に勁草を知る。悔しい敗戦ではあったが、そんな中でも、人としてのたたずまいのよい人に次々と出会えたことは、僕にとって心慰められることであった。
(27)神さまが与えた試練
投稿日時:2010/11/02(火) 08:36
10月30日は僕の66回目の誕生日。この年になったら「冥途への一里塚」というくらいで、特段の喜びはなかったけれど、関学の宗教活動委員会から「あなたの誕生日を心からお祝い申し上げます」というはがきが届いた。グルーベル院長をはじめたくさんの方々のお祝いの言葉や署名も入っていたから、喜んで頂戴した。なにより、立命との決戦を前に、こういうお祝いのメッセージがいただけることは、ゲンのよいことに思えた。
試合開始前後に襲来が予測されていた台風も紀伊半島のはるか南を通り過ぎ、その影響もなさそうに思えた。QB加藤のパスに支障が出ないかと心配していた強風もおさまり、これまたゲンがよいと、心を弾ませながら長居競技場に向かった。
ところが、試合が始まった瞬間、状況は一変した。相手のキックしたボールを受け、リターンしようとした尾崎が強烈なタックルを腹部に受けてダウン、担架で運び出された。リターンチームの切り札が退場し、いやな予感が漂う。
自陣37ヤード付近から始まったファイターズの攻撃。最初のプレーは加藤からRB稲村へのパスだったが、相手守備陣にカットされて失敗。続く第2プレー、加藤からハンドオフされたボールを抱えて走り始めたRB松岡に、相手DLが強烈なタックル浴びせ、ボールをはじき出してしまう。それを立命守備陣が抑えて、ターンオーバー。心の準備が整っていなかった守備陣が相手オフェンスに対応する前に、QBに30ヤードを独走され、先制点を与えてしまった。
苦しい。先手を取った上で、準備に準備を重ねてきた多彩なプレーで相手を翻弄するはずだった段取りがいきなり狂ってしまった。
それでも、ファイターズは踏ん張る。次の攻撃シリーズは、松岡のランに加藤からWR松原や春日へのパス、それに加藤やQB畑のキーププレーをからませてゴール前に迫り、仕上げは尾嶋の中央ダイブプレーでTD。
ここでベンチはキックではなく、2点を狙ってセンターがLB村上に直接スナップするとっておきのプレーを選択したが、わずかにゴールラインに届かない。
これで歯車が狂ったのか、前半の攻撃はその後、いっこうに進まない。逆に相手に2本のフィールドゴールを決められ、13-6で折り返し。
後半になっても、攻守のリズムはかみ合わない。DLを5人並べ、そのうちスピードのある主将、平澤をラインバッカーの位置に下げた守備陣が機能して、相手に得点機会を与えないまま試合は一進一退になったが、ここでまたファイターズに手痛いミスが出た。相手が自陣ゴール前から蹴ったパントを確保、ハーフライン付近で攻撃権を得たはずなのに、キッカーへの反則でそれを台無しにしてしまったのだ。それどころか、この攻撃シリーズを相手のTDに結び付けられ、第4Q9分29秒というところで20-6と引き離されてしまった。
苦しい。残り時間2分30秒弱で2本のTDを奪わないと、逆転の目はない。しかし、ここで加藤とWR陣が奮起。加藤から小山、春日へのパスを立て続けに決め、残る19ヤードを再び春日へのパスでTD。K大西のキックも決まって、わずか1分足らずの攻撃で7点差に迫る。
残り時間は1分40秒。次のオンサイドキックを決め、攻撃権を確保すれば、まだ何とかなる。この場面で、K大西が春からずっと練習してきた「一人時間差」のオンサイドキックに出たが、警戒していた相手守備陣はごまかされない。一瞬、あわてさせることはできたが、結局ボールを確保され、万事休す。そのまま試合終了となた。
悔しい。確かに試合は終始、立命のペースだった。相手にはミスらしいミスは一つもなかったのに、ファイターズはいくつかのミスが続いた。自ら招いたミスもあったし、相手に仕掛けられたミスもあった。そのミスにことごとく付け込まれたのだから、勝てなかったのは当然かもしれない。
いま、試合経過を振り返ってみても、相手の猛攻をよく20点で食い止めたという感想はあっても、ファイターズが付け込む隙はなかったような気もする。相手がファイターズの攻撃やキックリターンの傾向を徹底的に研究し、十分な対策を練ってきたこともよく分かった。ファイターズの攻撃が、終始自陣深くから始まったという状況から、打つ手が限られたということも理解できる。
しかし、である。日頃のファイターズの準備と練習を見てきた立場からいえば、どこかで仕掛けるチャンスはあったはずではないかと悔いが残る。確かに相手は強かった。けれども、ファイターズも、あのような負け方をするほど弱いチームではなかったはずだ。それは、あの強力な立命の攻撃陣を食い止めた守備陣の頑張りや最終局面での鮮やかなパス攻撃が証明している。
それだけに、あの結果が残念でならない。いまこの原稿を書いていても、心は穏やかではない。なぜ勝てなかったのか。どこに欠陥があったのか。考えてもわからない。けれども負けたことは事実である。いまは、あの敗戦をファイターズがもっと強いチームになるために、フットボールの神さまが与えてくださった試練であると受け止め、無理やり心を鎮めている。
試合開始前後に襲来が予測されていた台風も紀伊半島のはるか南を通り過ぎ、その影響もなさそうに思えた。QB加藤のパスに支障が出ないかと心配していた強風もおさまり、これまたゲンがよいと、心を弾ませながら長居競技場に向かった。
ところが、試合が始まった瞬間、状況は一変した。相手のキックしたボールを受け、リターンしようとした尾崎が強烈なタックルを腹部に受けてダウン、担架で運び出された。リターンチームの切り札が退場し、いやな予感が漂う。
自陣37ヤード付近から始まったファイターズの攻撃。最初のプレーは加藤からRB稲村へのパスだったが、相手守備陣にカットされて失敗。続く第2プレー、加藤からハンドオフされたボールを抱えて走り始めたRB松岡に、相手DLが強烈なタックル浴びせ、ボールをはじき出してしまう。それを立命守備陣が抑えて、ターンオーバー。心の準備が整っていなかった守備陣が相手オフェンスに対応する前に、QBに30ヤードを独走され、先制点を与えてしまった。
苦しい。先手を取った上で、準備に準備を重ねてきた多彩なプレーで相手を翻弄するはずだった段取りがいきなり狂ってしまった。
それでも、ファイターズは踏ん張る。次の攻撃シリーズは、松岡のランに加藤からWR松原や春日へのパス、それに加藤やQB畑のキーププレーをからませてゴール前に迫り、仕上げは尾嶋の中央ダイブプレーでTD。
ここでベンチはキックではなく、2点を狙ってセンターがLB村上に直接スナップするとっておきのプレーを選択したが、わずかにゴールラインに届かない。
これで歯車が狂ったのか、前半の攻撃はその後、いっこうに進まない。逆に相手に2本のフィールドゴールを決められ、13-6で折り返し。
後半になっても、攻守のリズムはかみ合わない。DLを5人並べ、そのうちスピードのある主将、平澤をラインバッカーの位置に下げた守備陣が機能して、相手に得点機会を与えないまま試合は一進一退になったが、ここでまたファイターズに手痛いミスが出た。相手が自陣ゴール前から蹴ったパントを確保、ハーフライン付近で攻撃権を得たはずなのに、キッカーへの反則でそれを台無しにしてしまったのだ。それどころか、この攻撃シリーズを相手のTDに結び付けられ、第4Q9分29秒というところで20-6と引き離されてしまった。
苦しい。残り時間2分30秒弱で2本のTDを奪わないと、逆転の目はない。しかし、ここで加藤とWR陣が奮起。加藤から小山、春日へのパスを立て続けに決め、残る19ヤードを再び春日へのパスでTD。K大西のキックも決まって、わずか1分足らずの攻撃で7点差に迫る。
残り時間は1分40秒。次のオンサイドキックを決め、攻撃権を確保すれば、まだ何とかなる。この場面で、K大西が春からずっと練習してきた「一人時間差」のオンサイドキックに出たが、警戒していた相手守備陣はごまかされない。一瞬、あわてさせることはできたが、結局ボールを確保され、万事休す。そのまま試合終了となた。
悔しい。確かに試合は終始、立命のペースだった。相手にはミスらしいミスは一つもなかったのに、ファイターズはいくつかのミスが続いた。自ら招いたミスもあったし、相手に仕掛けられたミスもあった。そのミスにことごとく付け込まれたのだから、勝てなかったのは当然かもしれない。
いま、試合経過を振り返ってみても、相手の猛攻をよく20点で食い止めたという感想はあっても、ファイターズが付け込む隙はなかったような気もする。相手がファイターズの攻撃やキックリターンの傾向を徹底的に研究し、十分な対策を練ってきたこともよく分かった。ファイターズの攻撃が、終始自陣深くから始まったという状況から、打つ手が限られたということも理解できる。
しかし、である。日頃のファイターズの準備と練習を見てきた立場からいえば、どこかで仕掛けるチャンスはあったはずではないかと悔いが残る。確かに相手は強かった。けれども、ファイターズも、あのような負け方をするほど弱いチームではなかったはずだ。それは、あの強力な立命の攻撃陣を食い止めた守備陣の頑張りや最終局面での鮮やかなパス攻撃が証明している。
それだけに、あの結果が残念でならない。いまこの原稿を書いていても、心は穏やかではない。なぜ勝てなかったのか。どこに欠陥があったのか。考えてもわからない。けれども負けたことは事実である。いまは、あの敗戦をファイターズがもっと強いチームになるために、フットボールの神さまが与えてくださった試練であると受け止め、無理やり心を鎮めている。
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