石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(19)見守る人
折に触れて読み返す、藤沢周平の「蝉しぐれ」に、次のような一節がある。剣術の道場主がいまが伸び盛りの主人公に向かっていう台詞である。
「兵法を学んでいると、にわかに鬼神に魅入られたかのように技が切れて、強くなることがある。剣が埋もれていた才に出会うときだ。わしが精進しろ、はげめと口を酸くして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」
「しかし、精進すれば、みんながみんな上達するかといえば必ずしもそうではない。真に才のある者は限られている。そういう者があるときから急に強くなるのだ」
こういう台詞に出会うと、ついついファイターズで活動する諸君の精進、努力にその言葉が重なる。監督やコーチが「わしが精進しろ、はげめと口を酸っぱくして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」と、部員を叱咤激励されている場面を連想してしまう。
もちろん、小説に取り上げられた剣術と、いま現実の世界で取り組んでいるフットボールでは、舞台も条件も全く異なる。剣術では個人の力量が直接反映されるが、フットボールはチームスポーツであり、チームとしての力量が試される。一人の選手が鬼神に魅入られたかのように「技が切れ、強くなっても」、ほかのメンバーが昨日のままでは、勝負には勝てない。
だからこそ、チームとしての力量を上げるための精進がすべての選手に求められるのである。監督やコーチが毎日のようにグラウンドで練習をチェックし、繰り返しビデオを見ているのは、そこである。この部員は100%、あるいは120%の力を出して練習に取り組んでいるか。練習が終わった時には、練習前よりたとえ半歩でも上達しているか。選手もまた、自分のことだけではなく、ゆるみの見える仲間に厳しく要求しているか。けがや体調不良を言い訳に、手を抜いた練習をしている部員はいないか。
このように書くと、200人以上のメンバーの動きを一人の人間が見られるはずがないという疑問が出るかもしれない。自身が全力で取り組んでいるときに、仲間の動きにまで目が届くはずがないという疑問を持たれる方もおいでになるかもしれない。
しかし、実際にグラウンドに立ってみると、なぜか選手の動きがよく見える。全くプレーヤーとしての経験がない僕のような人間でも、手を抜いている部員、体のどこかに異常を抱えた選手はすぐに分かる。ほんの些細な仕草であっても、全体の流れとは異なる動きをするからだ。
百戦錬磨、経験豊富な監督やコーチのセンサーは僕よりもはるかに感度がいい。プレーごとにチームの動きをチェックしつつ、常に一人一人の選手の動きを視野に入れている。だから、少しでもおかしな動き、緩慢な仕草があれば、その部分がクローズアップしたように浮かんでくるのだろう。
そういう選手には、現場で注意されることもあるし、別の形で奮起を促されることもある。「精進しろ、はげめ」というわけだ。
その証拠は、上ヶ原のグラウンドの片隅に置かれているホワイトボードに見つけることができる。そこには毎日、オフェンスとディフェンスに分けて、ポジションごとに選手の名前が張り出されている。選手にはV、準V、JV、ファームと4段階(練習から除外されているリハビリメンバーを加えれば5段階)の格付けがあり、コーチが前日までの練習内容を参考に、格付けを上げたり下げたりされるのである。
みんなの前で大声で怒鳴りつけなくても、この格付けの変動を見ただけで、監督やコーチが誰に注目し、どの選手に期待を寄せているかは一目で分かる。時には次の試合の先発メンバーや主な交代メンバーまでが推測できるようになる。
成果が出れば格付けは上がる。期待外れな練習ぶりだと、ランクが落ちる。それをチェックする監督、コーチの目が揺るぎないから、チーム内の競争が激しくなり、必然的に質の高い練習につながる。日々、質の高い練習に100%の力で取り組んでいる中で、ある日「鬼神に魅入られたように技が切れて、強くなることがある」のである。
今秋土曜日、京セラドームで行われる甲南大学との試合で、そうした選手が何人出てくるか。刮目して待っている。
「兵法を学んでいると、にわかに鬼神に魅入られたかのように技が切れて、強くなることがある。剣が埋もれていた才に出会うときだ。わしが精進しろ、はげめと口を酸くして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」
「しかし、精進すれば、みんながみんな上達するかといえば必ずしもそうではない。真に才のある者は限られている。そういう者があるときから急に強くなるのだ」
こういう台詞に出会うと、ついついファイターズで活動する諸君の精進、努力にその言葉が重なる。監督やコーチが「わしが精進しろ、はげめと口を酸っぱくして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」と、部員を叱咤激励されている場面を連想してしまう。
もちろん、小説に取り上げられた剣術と、いま現実の世界で取り組んでいるフットボールでは、舞台も条件も全く異なる。剣術では個人の力量が直接反映されるが、フットボールはチームスポーツであり、チームとしての力量が試される。一人の選手が鬼神に魅入られたかのように「技が切れ、強くなっても」、ほかのメンバーが昨日のままでは、勝負には勝てない。
だからこそ、チームとしての力量を上げるための精進がすべての選手に求められるのである。監督やコーチが毎日のようにグラウンドで練習をチェックし、繰り返しビデオを見ているのは、そこである。この部員は100%、あるいは120%の力を出して練習に取り組んでいるか。練習が終わった時には、練習前よりたとえ半歩でも上達しているか。選手もまた、自分のことだけではなく、ゆるみの見える仲間に厳しく要求しているか。けがや体調不良を言い訳に、手を抜いた練習をしている部員はいないか。
このように書くと、200人以上のメンバーの動きを一人の人間が見られるはずがないという疑問が出るかもしれない。自身が全力で取り組んでいるときに、仲間の動きにまで目が届くはずがないという疑問を持たれる方もおいでになるかもしれない。
しかし、実際にグラウンドに立ってみると、なぜか選手の動きがよく見える。全くプレーヤーとしての経験がない僕のような人間でも、手を抜いている部員、体のどこかに異常を抱えた選手はすぐに分かる。ほんの些細な仕草であっても、全体の流れとは異なる動きをするからだ。
百戦錬磨、経験豊富な監督やコーチのセンサーは僕よりもはるかに感度がいい。プレーごとにチームの動きをチェックしつつ、常に一人一人の選手の動きを視野に入れている。だから、少しでもおかしな動き、緩慢な仕草があれば、その部分がクローズアップしたように浮かんでくるのだろう。
そういう選手には、現場で注意されることもあるし、別の形で奮起を促されることもある。「精進しろ、はげめ」というわけだ。
その証拠は、上ヶ原のグラウンドの片隅に置かれているホワイトボードに見つけることができる。そこには毎日、オフェンスとディフェンスに分けて、ポジションごとに選手の名前が張り出されている。選手にはV、準V、JV、ファームと4段階(練習から除外されているリハビリメンバーを加えれば5段階)の格付けがあり、コーチが前日までの練習内容を参考に、格付けを上げたり下げたりされるのである。
みんなの前で大声で怒鳴りつけなくても、この格付けの変動を見ただけで、監督やコーチが誰に注目し、どの選手に期待を寄せているかは一目で分かる。時には次の試合の先発メンバーや主な交代メンバーまでが推測できるようになる。
成果が出れば格付けは上がる。期待外れな練習ぶりだと、ランクが落ちる。それをチェックする監督、コーチの目が揺るぎないから、チーム内の競争が激しくなり、必然的に質の高い練習につながる。日々、質の高い練習に100%の力で取り組んでいる中で、ある日「鬼神に魅入られたように技が切れて、強くなることがある」のである。
今秋土曜日、京セラドームで行われる甲南大学との試合で、そうした選手が何人出てくるか。刮目して待っている。
この記事は外部ブログを参照しています。すべて見るには下のリンクをクリックしてください。
記事タイトル:(19)見守る人
(ブログタイトル:石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」)
アーカイブ
- 2024年11月(3)
- 2024年10月(3)
- 2024年9月(3)
- 2024年6月(2)
- 2024年5月(3)
- 2024年4月(1)
- 2023年12月(3)
- 2023年11月(3)
- 2023年10月(4)
- 2023年9月(3)
- 2023年7月(1)
- 2023年6月(1)
- 2023年5月(3)
- 2023年4月(1)
- 2022年12月(2)
- 2022年11月(3)
- 2022年10月(3)
- 2022年9月(2)
- 2022年8月(1)
- 2022年7月(1)
- 2022年6月(2)
- 2022年5月(3)
- 2021年12月(3)
- 2021年11月(3)
- 2021年10月(4)
- 2021年1月(2)
- 2020年12月(3)
- 2020年11月(4)
- 2020年10月(4)
- 2020年9月(2)
- 2020年1月(3)
- 2019年12月(3)
- 2019年11月(3)
- 2019年10月(5)
- 2019年9月(4)
- 2019年8月(3)
- 2019年7月(2)
- 2019年6月(4)
- 2019年5月(4)
- 2019年4月(4)
- 2019年1月(1)
- 2018年12月(4)
- 2018年11月(4)
- 2018年10月(5)
- 2018年9月(3)
- 2018年8月(4)
- 2018年7月(2)
- 2018年6月(3)
- 2018年5月(4)
- 2018年4月(3)
- 2017年12月(3)
- 2017年11月(4)
- 2017年10月(3)
- 2017年9月(4)
- 2017年8月(4)
- 2017年7月(3)
- 2017年6月(4)
- 2017年5月(4)
- 2017年4月(4)
- 2017年1月(2)
- 2016年12月(4)
- 2016年11月(5)
- 2016年10月(3)
- 2016年9月(4)
- 2016年8月(4)
- 2016年7月(3)
- 2016年6月(2)
- 2016年5月(4)
- 2016年4月(4)
- 2015年12月(1)
- 2015年11月(4)
- 2015年10月(3)
- 2015年9月(5)
- 2015年8月(3)
- 2015年7月(5)
- 2015年6月(4)
- 2015年5月(2)
- 2015年4月(3)
- 2015年3月(3)
- 2015年1月(2)
- 2014年12月(4)
- 2014年11月(4)
- 2014年10月(4)
- 2014年9月(4)
- 2014年8月(4)
- 2014年7月(4)
- 2014年6月(4)
- 2014年5月(5)
- 2014年4月(4)
- 2014年1月(1)
- 2013年12月(5)
- 2013年11月(4)
- 2013年10月(5)
- 2013年9月(3)
- 2013年8月(3)
- 2013年7月(4)
- 2013年6月(4)
- 2013年5月(5)
- 2013年4月(4)
- 2013年1月(1)
- 2012年12月(4)
- 2012年11月(5)
- 2012年10月(4)
- 2012年9月(5)
- 2012年8月(4)
- 2012年7月(3)
- 2012年6月(3)
- 2012年5月(5)
- 2012年4月(4)
- 2012年1月(1)
- 2011年12月(5)
- 2011年11月(5)
- 2011年10月(4)
- 2011年9月(4)
- 2011年8月(3)
- 2011年7月(3)
- 2011年6月(4)
- 2011年5月(5)
- 2011年4月(4)
- 2010年12月(1)
- 2010年11月(4)
- 2010年10月(4)
- 2010年9月(4)
- 2010年8月(3)
- 2010年7月(2)
- 2010年6月(5)
- 2010年5月(3)
- 2010年4月(4)
- 2010年3月(1)
- 2009年11月(4)
- 2009年10月(4)
- 2009年9月(3)
- 2009年8月(4)
- 2009年7月(3)
- 2009年6月(4)
- 2009年5月(3)
- 2009年4月(4)
- 2009年3月(1)
- 2008年12月(1)
- 2008年11月(4)
- 2008年10月(3)
- 2008年9月(5)
- 2008年8月(2)
- 2008年4月(1)