石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(12)「二つの魂」
朝日新聞で一緒に働いた同僚と後輩が立て続けに読み応えのある本を出版した。
一人は元朝日新聞社会部員で、論説委員や編集委員を務めた稲垣えみ子さん。今年1月、51歳で早期退職した後、立て続けに「魂の退社」(東洋経済新報社)と「アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと」(朝日新聞出版)を出版した。ともに、新聞記者として生き、悩み、苦しみ、もがき続けてきた軌跡を描きながら、究極の「節電生活」をする中で見つけたある種の「解脱」ぶりを軽快な筆で綴っている。今の時代を鋭く切り取った極上の文明批評といってもよい。その一端は、毎日テレビの「情熱大陸」や朝日放送の「報道ステーション」でも取り上げられたから、ご存じの方も多いだろう。
彼女とは僕が京都支局のデスクをしていた時代に一緒に働き、大阪の社会部でも一時期、同僚として働いた。僕が夕刊取材班の編集長をしているときには、著名人の死生観をロングインタビューで描き出す「死に方が知りたくて」という連載を担当し、後にパルコ出版から出版された。彼女が30歳になる前である。
連載の途中、阪神大震災が発生。とてもこのタイトルでは紙面に連載できないと、急きょ「いつかあなたに花束を」にタイトルを変え、北海道・奥尻地震と九州・雲仙岳の噴火、そして日航機墜落事故の犠牲者の遺族などに取材し、悲惨な事故からの「再生の物語」を綴ったのも、懐かしい思い出である。
もう一人は、川名紀美さんの「井村雅代 不屈の魂」(河出書房新社)。こちらは日本のシンクロナイズドスイミングを世界のトップレベルに引き上げ、その後、コーチとして招かれた中国でも、世界のトップ争いをするチームを育てた井村雅代さんの軌跡を描いたノンフィクション。なぜか、二人の書名に「魂」の文字が入っていたので、今回のタイトルは「二つの魂」とした。
川名さんは、丹念な取材で、「シンクロの母」とも「シンクロの鬼コーチ」とも呼ばれる井村さんの指導者としての哲学を描き、それを支える人たちにも光を当てることで、現代におけるコーチの役割と指導者、教育者としての責任を見事に描き出している。
彼女は大阪の学芸部で育った記者だが、僕とは年齢も近く、新聞記者の師匠と仰ぐ人との縁もあって、何かと親しくしてきた。論説委員室の仲間でもあり、社会部でも一時期、一緒に働いたことがある。
もっぱら、女性や虐げられた人に焦点を当てた取材を得意としてきた記者だが、今度は畑違いのスポーツノンフィクション。人気はあるが、比較的マイナーなスポーツでもあり、取材が大変だったろうなと想像しながら読んだが、これがまた読み応えたっぷり。
スポーツにおけるコーチの役割とは何かを考えるうえで、いくつものヒントが転がっている本だった。
いわく、コーチとは「選手を目的地に連れて行く人」。シンクロを教える最終目標は「メダルではない。スポーツを通じて努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい。私の究極の目標はそこなんです」。
そういう言葉を井村さんから引き出した筆者は、この言葉を裏付けるこんなエピソードを紹介している。
「ある国際大会のおりに、勝者に贈られる花束が無造作に部屋に放り出されているのを見つけて井村が声を荒げた」
「お花も生きているんやから、水に入れてあげなさい!」
「容器がないから」という選手たちの言い訳に、井村の怒りは倍増した。「少しは考えなさいよ」
「空になったペットボトルの上部を切り取り、即席の花入れにする。試合が終わった後で、その花束にありがとうという言葉を添えて、お世話になったコーチやトレーナーのところに持っていく--。井村に教えられて、以後、選手たちはそれを実行している」
なんだか既視感のある話である。
そう。「スポーツを通じて、努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい」という言葉は、鳥内監督がいつもファイターズの部員に問い続けている「どんな人間になんねん」という言葉にそのまま置き換えられる。
「花の命を大切に」という話は、2年前の12月、このコラムで紹介した「足下のゴミ一つ拾えない人間に何ができましょうか……」という張り紙のエピソードにつながる。ある1年生部員が「自分たちがフットボール用具の収納室、更衣室として利用する部屋を乱雑にしているようでは、高いモラルを持って戦えない」と、あえてこの文字をA4用紙1枚に書いて、仲間に覚醒をうながした張り紙である。
花を大切にする。自分たちの使う部屋を美しくする。対象は異なっても、日常生活の中で人間としてのモラルを大切にするところから勝負はスタートする、人間としての成長なしに勝利はない、という意識は共通のものである。
井村雅代という希代の指導者の軌跡を描いたノンフィクションに、ファイターズのコーチや部員が日ごろから「当たり前」のこととして取り組んでいることと共通する話がいくつも紹介されていることに驚き、同時にファイターズが目指している方向が間違っていないことを確認して、読後、爽快な気分になった。
川名さん、ありがとう。稲垣もがんばれ。僕もファイターズのホームページと紀伊民報を舞台に、シコシコとコラムを書き続けるぜ、と気持ちを新たにしたのである。
一人は元朝日新聞社会部員で、論説委員や編集委員を務めた稲垣えみ子さん。今年1月、51歳で早期退職した後、立て続けに「魂の退社」(東洋経済新報社)と「アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと」(朝日新聞出版)を出版した。ともに、新聞記者として生き、悩み、苦しみ、もがき続けてきた軌跡を描きながら、究極の「節電生活」をする中で見つけたある種の「解脱」ぶりを軽快な筆で綴っている。今の時代を鋭く切り取った極上の文明批評といってもよい。その一端は、毎日テレビの「情熱大陸」や朝日放送の「報道ステーション」でも取り上げられたから、ご存じの方も多いだろう。
彼女とは僕が京都支局のデスクをしていた時代に一緒に働き、大阪の社会部でも一時期、同僚として働いた。僕が夕刊取材班の編集長をしているときには、著名人の死生観をロングインタビューで描き出す「死に方が知りたくて」という連載を担当し、後にパルコ出版から出版された。彼女が30歳になる前である。
連載の途中、阪神大震災が発生。とてもこのタイトルでは紙面に連載できないと、急きょ「いつかあなたに花束を」にタイトルを変え、北海道・奥尻地震と九州・雲仙岳の噴火、そして日航機墜落事故の犠牲者の遺族などに取材し、悲惨な事故からの「再生の物語」を綴ったのも、懐かしい思い出である。
もう一人は、川名紀美さんの「井村雅代 不屈の魂」(河出書房新社)。こちらは日本のシンクロナイズドスイミングを世界のトップレベルに引き上げ、その後、コーチとして招かれた中国でも、世界のトップ争いをするチームを育てた井村雅代さんの軌跡を描いたノンフィクション。なぜか、二人の書名に「魂」の文字が入っていたので、今回のタイトルは「二つの魂」とした。
川名さんは、丹念な取材で、「シンクロの母」とも「シンクロの鬼コーチ」とも呼ばれる井村さんの指導者としての哲学を描き、それを支える人たちにも光を当てることで、現代におけるコーチの役割と指導者、教育者としての責任を見事に描き出している。
彼女は大阪の学芸部で育った記者だが、僕とは年齢も近く、新聞記者の師匠と仰ぐ人との縁もあって、何かと親しくしてきた。論説委員室の仲間でもあり、社会部でも一時期、一緒に働いたことがある。
もっぱら、女性や虐げられた人に焦点を当てた取材を得意としてきた記者だが、今度は畑違いのスポーツノンフィクション。人気はあるが、比較的マイナーなスポーツでもあり、取材が大変だったろうなと想像しながら読んだが、これがまた読み応えたっぷり。
スポーツにおけるコーチの役割とは何かを考えるうえで、いくつものヒントが転がっている本だった。
いわく、コーチとは「選手を目的地に連れて行く人」。シンクロを教える最終目標は「メダルではない。スポーツを通じて努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい。私の究極の目標はそこなんです」。
そういう言葉を井村さんから引き出した筆者は、この言葉を裏付けるこんなエピソードを紹介している。
「ある国際大会のおりに、勝者に贈られる花束が無造作に部屋に放り出されているのを見つけて井村が声を荒げた」
「お花も生きているんやから、水に入れてあげなさい!」
「容器がないから」という選手たちの言い訳に、井村の怒りは倍増した。「少しは考えなさいよ」
「空になったペットボトルの上部を切り取り、即席の花入れにする。試合が終わった後で、その花束にありがとうという言葉を添えて、お世話になったコーチやトレーナーのところに持っていく--。井村に教えられて、以後、選手たちはそれを実行している」
なんだか既視感のある話である。
そう。「スポーツを通じて、努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい」という言葉は、鳥内監督がいつもファイターズの部員に問い続けている「どんな人間になんねん」という言葉にそのまま置き換えられる。
「花の命を大切に」という話は、2年前の12月、このコラムで紹介した「足下のゴミ一つ拾えない人間に何ができましょうか……」という張り紙のエピソードにつながる。ある1年生部員が「自分たちがフットボール用具の収納室、更衣室として利用する部屋を乱雑にしているようでは、高いモラルを持って戦えない」と、あえてこの文字をA4用紙1枚に書いて、仲間に覚醒をうながした張り紙である。
花を大切にする。自分たちの使う部屋を美しくする。対象は異なっても、日常生活の中で人間としてのモラルを大切にするところから勝負はスタートする、人間としての成長なしに勝利はない、という意識は共通のものである。
井村雅代という希代の指導者の軌跡を描いたノンフィクションに、ファイターズのコーチや部員が日ごろから「当たり前」のこととして取り組んでいることと共通する話がいくつも紹介されていることに驚き、同時にファイターズが目指している方向が間違っていないことを確認して、読後、爽快な気分になった。
川名さん、ありがとう。稲垣もがんばれ。僕もファイターズのホームページと紀伊民報を舞台に、シコシコとコラムを書き続けるぜ、と気持ちを新たにしたのである。
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