石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

(6)術と呼べるほどの技

投稿日時:2016/05/12(木) 08:11rss

 先週末、ファイターズの諸君が練習している上ヶ原の第3フィールドに、珍しい先生が見えられた。和服に袴、高下駄を履いて、手には日本刀。日本武術界では知る人ぞ知る甲野善紀先生である。
 ファイターズの部員たちに、武術的な体の使い方を応用した技が導入できないか、何かヒントをいただけないかという大村コーチからの要請に応え、20年近く前から親しくしてもらっている縁で僕が声を掛けた。数学者、森田真生さんとの「この日の学校」が京都であるというので、ついでに西宮まで足を運んでいただいたのである。
 しばらく練習を眺めてもらった後、稽古着に着替え、人工芝の養生のために高下駄を運動靴に履き替えてグラウンドに降りられる。僕が「日本で一番強い武術家です。年齢は68歳。体型も71歳の僕とほとんど変わりませんが、恐ろしいほどの技が使える人です」と支離滅裂な紹介をし、すぐに実演が始まる。
 最初はサッカーやバスケットボールでよく見掛ける競り合いの状態で甲野さんを止められるかどうかの実演。体重が100キロを超すOLたちが相手になるが、当然のことながら止められない。体重は60キロにも満たず、見た感じは普通のおじさんに、なぜ、やすやすとあしらわれるのかと不思議そうに首をかしげる選手たち。
 続いてRBやWR陣を相手に、ハンドオフつぶしの技やタックルしてきた相手をはね飛ばす技を次々と披露。気がつけば、相手になった選手たちは興味津々。実技のやりとりを見守るだけのメンバーは何が何だか分からないという表情。そのうち、何人かの選手が見よう見まねでその技を試みると、結構、相手に通じる。逆に、タックルに行った選手たちはなぜ、相手に抜かれるのかと首をかしげ、はね飛ばされた腕を痛そうにさすっている。
 周囲の反応の良さに先生も興が乗ってこられたのか、階段を3段跳びで上る術や「虎ひしぎ」というとっておきの術を次々と披露される。そのたびに座が盛り上がり、最後には日本刀を抜いて瞬時に切り違える演武まで披露。さらには、肩や腰など体を痛めている何人かの選手に「祓いの太刀」をかけるサービスまでして下さった。
 実は、甲野先生にグラウンドに来ていただいたのは、今回が初めてではない。10数年前に2度ばかりお招きし、タックルする選手をかわす技などを披露してもらったことがある。しかし当時、相手をした部員たちは、先生の技と奇妙な感覚に首をかしげるばかりで、どのようにフットボールに応用できるのか全く見当がつかない、という状態だった。
 今回のように選手が次々と先生の相手をし、その不思議な技を体で受け止め、それをなんとかフットボールに応用できないかと試す場面はなかったと記憶している。
 甲野さんの言葉を借りると「10年前の私と今の私では、技の内容が格段に変わっています。以前はまったくできなかったことができるようになっているので、その分、相手をして下さる方も驚かれ、反応も変わってきたのでしょう」ということだった。
 しかし僕は、それ以上に選手の意識が変わってきたことが大きいと思っている。もっと強くなりたい、そのためにはどうすればいいのか、ということを日ごろから考え、実行していることが背景にあると考えるのだ。今春から取り組んでいる早朝からの筋力トレーニング、その後の食事と体を休めるための昼寝、あるいはヨガの講習。それぞれが目的を持ち、その成果が例えば体重増などの形で実感できているから、初めて目にする武術的な体の使い方にもすんなり入っていけたということではないか。
 実戦で役に立つ技、術と呼べるような体の使い方への道は、そういう好奇心、探求心、実行力があってこそ開ける。その端緒を選手やコーチたちは、甲野先生の技を自分で体感することでつかんだのではないか。だからこそ、技をかけてもらった選手たちが次から次へと甲野さんに立ち向かっていったということだろう。
 後日、東京に戻られた先生から「指導者も選手たちも熱心に食いついてくれた。新しい技を取り入れようとするコーチや選手たちの熱意に触れて、気持ちのよい時間が過ごせました」とお礼の電話があった。
 尊敬する師匠からそんな風にいっていただけて、ファイターズの選手たちをあらためて誇らしく思った。同時に「術と呼べるほどの技」を身につけ、並み居るライバルたちをなぎ倒してほしいと願った。
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