石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(32)「必死三昧」
江戸の中・後期に平山行蔵という剣客がいた。字(あざな)は子龍。体は大きくなかったが、14、5歳の時から一人前の武士の風格があり、文武に堪能。兵学をよくし、武芸は十八般、ことごとく習得した。昼は武芸、夜は兵書と、一日も勤めぬことはなく、著述は数百巻にのぼり、和漢の蔵書1800部を集めていた。
常に二尺(約60センチ)四方の槻(ケヤキ)の板を敷物とし、これに両の拳を突き当て、突き当てしながら読書に励んだから、拳が固まって石のようになり、胸板ぐらいはこれで付き砕いたそうだ。毎朝7尺(約2・1メートル)の棒を500回、4尺(約1・2メートル役)の居合い刀を抜くこと300回。常在戦場を心掛け、食は玄米に味噌を塗るだけ、61歳まで布団の上で寝たことがない。想像を絶する武人であり、実際、18世紀末から19世紀の初めに活躍した剣客の中でも、群を抜いた腕前だったという。
この人が「剣術の要は敵を打つ気持ちをひたすら敵の心へ貫通させること。すなわち必死三昧でなければいけぬ」「受けつ流しつの技が上手だとて、いっこう役にたたぬ。一人二人の立ち会いならまだしも、槍ぶすまを作って向かってくる戦場の時には、ただただ精一無雑に飢えたる鷹の如く、怒れる虎の如く、躊躇なく突撃して、初めて妙境自在がある」といっている。
こんな話を持ち出したのはほかでもない。立命との決戦で、勝敗を分けたのは、ただ一点にあると思ったからだ。つまり、チームの全員がただただ相手を倒すという一心で立ち向かえたか否か、ということである。
明鏡止水。なんの憂いもなく、ひたすら目前の相手を叩きのめす、という心境で立命戦のキックオフを迎えることができた選手は、果たしてファイターズに何人いたことだろう。ある者は、自身のけが、仲間のけがの回復状況が気にかかり、またある者は前節までの苦しい戦いの原因を引きずっていた可能性がある。試合前の記者会見での発言などを聞くと、オフェンス、ディフェンスともに、練習で詰め切れない点を残したまま、キックオフを迎えたのかもしれない。
さらにいえば、この4年間、大学生相手の公式戦では一度も負けていない、という楽観的な気持ちがどこかにあったかもしれないし、それがある種のプレッシャーとなっていた選手もいただろう。
実際、今季は主力にけが人が相次いだ。立命戦にもぶっつけ本番で出場し、活躍した選手が何人もいる。攻撃ではWR木下、守備ではDB岡本。ともにほんの数日前までびっこをひいていた選手とは思えないほどのはつらつとしたプレーを見せた。LB山岸、RB橋本、OLの井若や藏野も、けがによる練習の空白がなければ、もっともっと活躍できた選手である。
キッキングチームも今季は終始、不安定な状況が続いた。リターナーがボールをファンブルしたことは一度や二度ではないし、フィールドゴールやパントは何度もブロックされた。結果、相手にロングリターンを許す場面が相次いだ。攻撃陣は自陣奥深くからの攻撃を余儀なくされることが多く、逆に相手のリターンチームには大きく陣地を挽回された。その集大成が前節の関大戦であり、今回の立命戦である。
キッカーやパンターの責任というよりも、その状況を克服できなかったチームの責任であろう。
主力にけが人が続出したことによる不安やキッキングチームに安定感を取り戻せないことへの懸念を抱えたまま、決戦に臨まざるを得なかったという時点で、すでに平山行蔵のいう「必死三昧」の境地には至らなかったのかもしれない。
そういう状況で迎えた立命との決戦。結果は30-27。普段の試合では考えられないようなミスが相手より多く出たファイターズが敗れた。相手に先制点を許し、終始、追いかける展開になった試合内容から、得点差以上の差があったという人も周辺にはいるが、僕はそうは思わない。一歩状況が変われば、ファイターズが勝っていても、不思議ではなかったと思っている。
実際、スタッツをみれば、総獲得ヤードは274ヤード対338ヤードでファイターズが勝っている。パスの成功率も、インターセプトの回数もファイターズの方が上である。
相手もよく走ったが、ファイターズも負けていない。相手ボールを奪ったDB田中があわやTDというロングリターンを決めたし、QB伊豆も鉄壁の守備陣をかいくぐって44ヤードのラッシュを決めた。故障上がりのWR木下は要所でキーになるパスをキャッチし、TDパスも確保した。期待の1年生WR松井は強力な相手守備陣のマークを振り切り、2本のTDパスをキャッチした。
前日まで、歩くのも苦しそうだったDB岡本が相手QBに激しいタックルを浴びせて倒したし、インターセプトも決めた。守備の第一列も素早い動きで、相手のランナーを食い止めた。そうしたプレーの総和としての3点差である。
負けは負けだが、僕は攻守、さまざまなところで不安を抱えたまま試合に臨み、実際、終始リードを許しながらの苦しい試合を、よくぞここまで盛り返したことよ、と感心している。
それだけに、なおのこと明鏡止水。チームとして、雑念を振り払って決戦に臨めなかったことが残念でならない。
今季はもう一戦、日大との戦いが控えている。甲子園ボウルへの道は途絶えたが、4年生には今季の総決算という覚悟で試合に臨んでほしい。下級生には新しいシーズンに向けて、日々、拳でケヤキの板を叩き付けながら学ぶ覚悟で稽古に励んでもらいたい。
常に二尺(約60センチ)四方の槻(ケヤキ)の板を敷物とし、これに両の拳を突き当て、突き当てしながら読書に励んだから、拳が固まって石のようになり、胸板ぐらいはこれで付き砕いたそうだ。毎朝7尺(約2・1メートル)の棒を500回、4尺(約1・2メートル役)の居合い刀を抜くこと300回。常在戦場を心掛け、食は玄米に味噌を塗るだけ、61歳まで布団の上で寝たことがない。想像を絶する武人であり、実際、18世紀末から19世紀の初めに活躍した剣客の中でも、群を抜いた腕前だったという。
この人が「剣術の要は敵を打つ気持ちをひたすら敵の心へ貫通させること。すなわち必死三昧でなければいけぬ」「受けつ流しつの技が上手だとて、いっこう役にたたぬ。一人二人の立ち会いならまだしも、槍ぶすまを作って向かってくる戦場の時には、ただただ精一無雑に飢えたる鷹の如く、怒れる虎の如く、躊躇なく突撃して、初めて妙境自在がある」といっている。
こんな話を持ち出したのはほかでもない。立命との決戦で、勝敗を分けたのは、ただ一点にあると思ったからだ。つまり、チームの全員がただただ相手を倒すという一心で立ち向かえたか否か、ということである。
明鏡止水。なんの憂いもなく、ひたすら目前の相手を叩きのめす、という心境で立命戦のキックオフを迎えることができた選手は、果たしてファイターズに何人いたことだろう。ある者は、自身のけが、仲間のけがの回復状況が気にかかり、またある者は前節までの苦しい戦いの原因を引きずっていた可能性がある。試合前の記者会見での発言などを聞くと、オフェンス、ディフェンスともに、練習で詰め切れない点を残したまま、キックオフを迎えたのかもしれない。
さらにいえば、この4年間、大学生相手の公式戦では一度も負けていない、という楽観的な気持ちがどこかにあったかもしれないし、それがある種のプレッシャーとなっていた選手もいただろう。
実際、今季は主力にけが人が相次いだ。立命戦にもぶっつけ本番で出場し、活躍した選手が何人もいる。攻撃ではWR木下、守備ではDB岡本。ともにほんの数日前までびっこをひいていた選手とは思えないほどのはつらつとしたプレーを見せた。LB山岸、RB橋本、OLの井若や藏野も、けがによる練習の空白がなければ、もっともっと活躍できた選手である。
キッキングチームも今季は終始、不安定な状況が続いた。リターナーがボールをファンブルしたことは一度や二度ではないし、フィールドゴールやパントは何度もブロックされた。結果、相手にロングリターンを許す場面が相次いだ。攻撃陣は自陣奥深くからの攻撃を余儀なくされることが多く、逆に相手のリターンチームには大きく陣地を挽回された。その集大成が前節の関大戦であり、今回の立命戦である。
キッカーやパンターの責任というよりも、その状況を克服できなかったチームの責任であろう。
主力にけが人が続出したことによる不安やキッキングチームに安定感を取り戻せないことへの懸念を抱えたまま、決戦に臨まざるを得なかったという時点で、すでに平山行蔵のいう「必死三昧」の境地には至らなかったのかもしれない。
そういう状況で迎えた立命との決戦。結果は30-27。普段の試合では考えられないようなミスが相手より多く出たファイターズが敗れた。相手に先制点を許し、終始、追いかける展開になった試合内容から、得点差以上の差があったという人も周辺にはいるが、僕はそうは思わない。一歩状況が変われば、ファイターズが勝っていても、不思議ではなかったと思っている。
実際、スタッツをみれば、総獲得ヤードは274ヤード対338ヤードでファイターズが勝っている。パスの成功率も、インターセプトの回数もファイターズの方が上である。
相手もよく走ったが、ファイターズも負けていない。相手ボールを奪ったDB田中があわやTDというロングリターンを決めたし、QB伊豆も鉄壁の守備陣をかいくぐって44ヤードのラッシュを決めた。故障上がりのWR木下は要所でキーになるパスをキャッチし、TDパスも確保した。期待の1年生WR松井は強力な相手守備陣のマークを振り切り、2本のTDパスをキャッチした。
前日まで、歩くのも苦しそうだったDB岡本が相手QBに激しいタックルを浴びせて倒したし、インターセプトも決めた。守備の第一列も素早い動きで、相手のランナーを食い止めた。そうしたプレーの総和としての3点差である。
負けは負けだが、僕は攻守、さまざまなところで不安を抱えたまま試合に臨み、実際、終始リードを許しながらの苦しい試合を、よくぞここまで盛り返したことよ、と感心している。
それだけに、なおのこと明鏡止水。チームとして、雑念を振り払って決戦に臨めなかったことが残念でならない。
今季はもう一戦、日大との戦いが控えている。甲子園ボウルへの道は途絶えたが、4年生には今季の総決算という覚悟で試合に臨んでほしい。下級生には新しいシーズンに向けて、日々、拳でケヤキの板を叩き付けながら学ぶ覚悟で稽古に励んでもらいたい。
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