石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(27)丸刈りのコーチ
新聞記者の名刺を持って48年。長ければいいということでもないが、それでも半世紀近く一つの仕事に専念していると、目に映るものを捉える感覚は磨かれてくる。目に映った景色の奥にあるものを想像する力もそれなりに備わってくる。そして、それを言葉にする技術も、といいたいところだが、それに関してはまだ自信がない。
例えば、先日の神戸大学との試合会場では、こんな光景を見つけた。
アシスタントコーチを務めている梅本君が頭をつるつるに丸めていたのである。
試合の始まる前に、あれっと気付いたのだが、キックオフを前にした緊張した場面で、本人に声を掛けるのは、あまりにも失礼だ。だが、なぜ、どうして、と疑問が頭を駆け巡る。リーグ戦が始まって3試合。レシーバーとQBの連携が今ひとつしっくりいかないからか。あるいは、自分が担当しているレシーバー陣がなかなか力を発揮できないことにムカついたのか。日ごろの取り組みに、コーチが頭を丸めなければならないほどの問題が起きたのか。想像が想像を呼ぶ。
それでも、試合中はとにかくゲームのレポートに集中。試合終了を待ちかねて、本人に話を聞いた。
「気合いを入れようと思って」「レシーバーがあまりにピリッとしないので、ここは僕がカタチに表すしかないと思いました」。そう答えてくれた彼の表情は真剣そのもの。
たしか前々日までは、就職先の内定式に出るような髪型をしていたのに、というと「昨日、橋本(主将)に刈ってもらいました」という答えが返ってきた。
たしかに、副将の木下君が先発した2戦目の京大戦こそ、彼の活躍と1年生WR松井君の衝撃的なデビューがあってパス攻撃が機能したが、初戦の桃山学院、3戦目の龍谷大との戦いでは、明らかにレシーバー陣がQB伊豆君の足を引っ張っていた。目立つのは守備陣とランオフェンスばかり。難敵が次々に登場するリーグの後半戦を見据えると、期待の1、2年生レシーバーもQBも、さらには歴代最強といわれるOL陣も、もう1段階も2段階も上げていかなければならないというのが、正直な感想だった。
その辺を危惧した話は、龍谷大との試合後のコラムに書いたが、思わず「パスの関学はどこへ行ったんや」と嘆きたくなるほどの3試合だった。
そんなときに「橋本に刈ってもらった」という梅本君の話を聞き、新聞記者の想像力にスイッチが入った。
場所は、4年生の幹部が住み込んでいるファイターズホール。夜遅くまで続いたミーティングで、いろんな反省の言葉が出た後、腹を固めたアシスタントコーチが「俺、坊主になるわ。橋本、刈ってくれ」と、主将に声を掛ける。
「ええっ」と思いながら、それでも電動バリカンを手にする主将。いざ、先輩の髪にバリカンを入れる時、胸中にどんな思いがよぎったろう。
「俺たちが至らないばかりに、先輩が坊主になる」「先輩に、コーチに、こんな思いをさせたらあかん」「俺たち4年生が死ぬ気になって頑張らなあかん」「言葉でなく、行動で見せな!」
僕が思うに、丸坊主にしてくれ、といった方も、それを実行する方も、多分、こんな言葉は口にしなかっただろう。けれども、新聞記者半世紀の経験から想像すれば、互いに胸の奥深いところで、上記のような「会話」を交わし、よし、俺がチームを覚醒させる、俺たちがチームを変えてやる、と固く誓ったに違いない。
アシスタントコーチと主将。いまは立場が異なっているが、現役時代でいえば4年生と2年生。同じファイターズで同じ楕円球を追い、日本1を目指して頑張ってきた仲間である。だからこそ無言の「会話」が成り立つ。言葉に表さなくても、胸の奥深く、腹の底まで染み込む「会話」が交わされたに違いない。
4戦目、神戸大学戦で見せた、まるで別のチームのようなパス攻撃がそれを証明している。2年生前田泰が8回147ヤード、1年生松井が4回118ヤード、そして先週紹介したJVリーダーの木村が2回47ヤード。QB伊豆や中根、百田のパスもよかったが、それをしっかり受け止めたWR陣の活躍は「奮起」「覚醒」という言葉こそふさわしい。
大げさに言えば、ここにファイターズにおけるアシスタントコーチの役割がある。監督やコーチと選手、スタッフの関係は、他のどのチームにもないほど風通しがよいが、それでも、相手は年齢の離れた大人であり、どうしても指示を出す側と、それを受け止める側の関係になる。
けれども、留年してアシスタントコーチを務めているメンバーは、つい先日まで、同じグラウンドで汗を流し、涙をともにした仲間である。立場からいえば指導する側ではあるが、学生にとってはなにかと頼りになる兄貴であり、時には格好の練習台を務めてくれる存在である。
梅本君だけではない。今年も就職活動が終わった順に、次々とアシスタントコーチを務める5年生がグラウンドに顔を出し、練習台を務めている。OLの油谷君、OLとTE、DLとLBを必要に応じて使い分ける森岡君、同じくRBとLBの双方を務める西山君、スカウトチームのQBとレシーバーを務める松岡君。RBの飯田君は夏合宿で膝に大けがをし、手術を終えたばかりというのに、足を引きずりながら練習に顔を出し、にこにこと後輩の動きを見守っている。ディフェンスでは神様と呼ばれるLBの吉原君が常連だ。トレーナーの黒田君やK三輪君の顔も見える。
彼らもまた、僕の気付かないところで、後輩たちの悩みを聞き、飯をおごり、そして問題解決の手掛かりを与えているのだろう。
毎年、顔ぶれは変わっても、こういう頼もしい先輩に支えられて成長し、一人前の人間になっていくのがファイターズである。
例えば、先日の神戸大学との試合会場では、こんな光景を見つけた。
アシスタントコーチを務めている梅本君が頭をつるつるに丸めていたのである。
試合の始まる前に、あれっと気付いたのだが、キックオフを前にした緊張した場面で、本人に声を掛けるのは、あまりにも失礼だ。だが、なぜ、どうして、と疑問が頭を駆け巡る。リーグ戦が始まって3試合。レシーバーとQBの連携が今ひとつしっくりいかないからか。あるいは、自分が担当しているレシーバー陣がなかなか力を発揮できないことにムカついたのか。日ごろの取り組みに、コーチが頭を丸めなければならないほどの問題が起きたのか。想像が想像を呼ぶ。
それでも、試合中はとにかくゲームのレポートに集中。試合終了を待ちかねて、本人に話を聞いた。
「気合いを入れようと思って」「レシーバーがあまりにピリッとしないので、ここは僕がカタチに表すしかないと思いました」。そう答えてくれた彼の表情は真剣そのもの。
たしか前々日までは、就職先の内定式に出るような髪型をしていたのに、というと「昨日、橋本(主将)に刈ってもらいました」という答えが返ってきた。
たしかに、副将の木下君が先発した2戦目の京大戦こそ、彼の活躍と1年生WR松井君の衝撃的なデビューがあってパス攻撃が機能したが、初戦の桃山学院、3戦目の龍谷大との戦いでは、明らかにレシーバー陣がQB伊豆君の足を引っ張っていた。目立つのは守備陣とランオフェンスばかり。難敵が次々に登場するリーグの後半戦を見据えると、期待の1、2年生レシーバーもQBも、さらには歴代最強といわれるOL陣も、もう1段階も2段階も上げていかなければならないというのが、正直な感想だった。
その辺を危惧した話は、龍谷大との試合後のコラムに書いたが、思わず「パスの関学はどこへ行ったんや」と嘆きたくなるほどの3試合だった。
そんなときに「橋本に刈ってもらった」という梅本君の話を聞き、新聞記者の想像力にスイッチが入った。
場所は、4年生の幹部が住み込んでいるファイターズホール。夜遅くまで続いたミーティングで、いろんな反省の言葉が出た後、腹を固めたアシスタントコーチが「俺、坊主になるわ。橋本、刈ってくれ」と、主将に声を掛ける。
「ええっ」と思いながら、それでも電動バリカンを手にする主将。いざ、先輩の髪にバリカンを入れる時、胸中にどんな思いがよぎったろう。
「俺たちが至らないばかりに、先輩が坊主になる」「先輩に、コーチに、こんな思いをさせたらあかん」「俺たち4年生が死ぬ気になって頑張らなあかん」「言葉でなく、行動で見せな!」
僕が思うに、丸坊主にしてくれ、といった方も、それを実行する方も、多分、こんな言葉は口にしなかっただろう。けれども、新聞記者半世紀の経験から想像すれば、互いに胸の奥深いところで、上記のような「会話」を交わし、よし、俺がチームを覚醒させる、俺たちがチームを変えてやる、と固く誓ったに違いない。
アシスタントコーチと主将。いまは立場が異なっているが、現役時代でいえば4年生と2年生。同じファイターズで同じ楕円球を追い、日本1を目指して頑張ってきた仲間である。だからこそ無言の「会話」が成り立つ。言葉に表さなくても、胸の奥深く、腹の底まで染み込む「会話」が交わされたに違いない。
4戦目、神戸大学戦で見せた、まるで別のチームのようなパス攻撃がそれを証明している。2年生前田泰が8回147ヤード、1年生松井が4回118ヤード、そして先週紹介したJVリーダーの木村が2回47ヤード。QB伊豆や中根、百田のパスもよかったが、それをしっかり受け止めたWR陣の活躍は「奮起」「覚醒」という言葉こそふさわしい。
大げさに言えば、ここにファイターズにおけるアシスタントコーチの役割がある。監督やコーチと選手、スタッフの関係は、他のどのチームにもないほど風通しがよいが、それでも、相手は年齢の離れた大人であり、どうしても指示を出す側と、それを受け止める側の関係になる。
けれども、留年してアシスタントコーチを務めているメンバーは、つい先日まで、同じグラウンドで汗を流し、涙をともにした仲間である。立場からいえば指導する側ではあるが、学生にとってはなにかと頼りになる兄貴であり、時には格好の練習台を務めてくれる存在である。
梅本君だけではない。今年も就職活動が終わった順に、次々とアシスタントコーチを務める5年生がグラウンドに顔を出し、練習台を務めている。OLの油谷君、OLとTE、DLとLBを必要に応じて使い分ける森岡君、同じくRBとLBの双方を務める西山君、スカウトチームのQBとレシーバーを務める松岡君。RBの飯田君は夏合宿で膝に大けがをし、手術を終えたばかりというのに、足を引きずりながら練習に顔を出し、にこにこと後輩の動きを見守っている。ディフェンスでは神様と呼ばれるLBの吉原君が常連だ。トレーナーの黒田君やK三輪君の顔も見える。
彼らもまた、僕の気付かないところで、後輩たちの悩みを聞き、飯をおごり、そして問題解決の手掛かりを与えているのだろう。
毎年、顔ぶれは変わっても、こういう頼もしい先輩に支えられて成長し、一人前の人間になっていくのがファイターズである。
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