石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(39)そして、挑戦は続く
メモを取るのは、新聞記者の習性である。1968年3月、信濃毎日新聞社で「記者」の名刺を持ったその日から約47年。所属先は朝日新聞社、定年後はまた紀伊民報と移っても、その間ずっとメモを取る習性は抜けない。基本的には小型のノートを使うが、ノートがないときは箸袋にも書くし、手近にある新聞紙をちぎって、その片隅に要点をメモすることもある。警察取材を担当していたときの「夜回り」では、ノートを取り出せば相手が話してくれないから、要点を頭にたたき込み、固有名詞はトイレを借りて掌に記した。
ファイターズの試合を観戦していても、JV戦から公式戦まで、必ずメモを取る。雨が降ってメモ帳が濡れても、寒くて手がかじかんでも、どんなに試合が白熱しても、その習性は変わらない。
しかし、ライスボウルでは、第4Qからのメモが乱れている。いま、このコラムを書くために読み返しているが、その乱れた文字がそのまま僕の動揺を表現しているようで、読み返すのもつらい。
始まりはこんな場面だった。ファイターズが3Q終盤、QB斎藤君からWR木下君へのパスでゴール前20ヤードまで攻め込み、同じくWR木戸君へのパスでTDを奪った。K三輪のキックも決まって24-23とリードしたところで第3Q終了。迎えた第4Q、相手陣44ヤードからの攻撃をDL松本君とLB山岸君のロスタックルで押し込み、さらにはDB岡本君のインターセプトで、攻撃権を奪い返した。
強力な相手の守備陣をかいくぐり、知略の限りを尽くして手にした逆転劇。その勢いに乗って、今度は守備陣が魂のタックル、捨て身のインターセプトで手にした攻撃権。勢いは完全にファイターズ、と思ったところに落とし穴が待っていた。
まずは斎藤君が6ヤードを走り、セカンドダウン4ヤード。この好位置からWR大園君に投じた長いパスが運命を分けた。ライン際で一度は大園君が確保したように見えたが、それを相手DBがかき出し、パス失敗。成功しておれば、相手ゴール前からさらに4度の攻撃機会があり、一気に引き離せる好機だったが、帳消しになった。
これに動揺したのか、それまでは追い詰められた場面でも確実に試合をコントロールしていた斎藤君の動きが乱れる。ベンチの勝負手も不発に終わる。第4ダウンのプレーでも、あえてパスを投げようとしたが、守備陣の突っ込みが速く、逃げ回ったあげくに投じたパスは相手に奪われてしまった。
この好機に相手はエースRBに集中してボールを持たせ、わずか3プレーでTD。この試合、三度目のリードである。こうなると相手は落ち着き、逆にファイターズには焦りが出てくる。第3Q終盤まで、あれほど積極的に攻め続けていたオフェンスも、有効なプレーが続かず、押し切られてしまった。
その間、目の前のプレーを追うのに必死だったのだろう。メモは乱れ、正確にプレーがたどれない。新幹線がストップして東京に行くのをあきらめ、自宅でテレビ応援した昨年は別として、1昨年も、その前の年も、終盤に山場が続いたが、メモを取る手が動揺したのは、今年が初めてだった。この勢いがあれば勝てる、と思っていた場面が、ほんの数分で暗転してしまったからだろう。
それほど勝負の分岐点はきわどかった。終わってみれば「地力の差が出た」ということだろうが、もしあのとき、大園君へのパスが通っておれば、もしあのときスナップが正確なタイミングで出ておれば、もし、ゴール前でジョーダンと名付けたパスが通っておれば……と、ひとつひとつの練りに練ったプレーを思い返すにつけても、悔しくてならなかった。試合終了後、ディレクターの小野さんたちがFM放送で解説されている席から、グラウンドに降りるまでの間も、悶々としていた。
その悔しさは、選手もスタッフも、監督もコーチも、全員が共有しているに違いない。練習ではほとんど成功していたプレーにミスが出るなんて、誰もが予測出来なかったに違いない。
試合後、選手全員を前にして鷺野主将が語りかけていた。その声が聞こえてくる。「下級生はよく助けてくれた。不甲斐ないのは4年や。4年がとことん詰め切れんかったからや。申し訳ない」「この悔しい気持ちを次につなぐんや。これで終わりにしたら、なんにもならない。4年生はこれで終わりではない。自分の持っているものをみんなにつないでいけ。俺はやる。俺の出来ることは何でもする。俺の持っているものをみんな、つないでいく」
メモを取らず、頭に刻んだだけだから、正確な表現ではないかも知れない。しかし、こういって自分たちの積み重ねてきたもの、先輩たちから受け継いできたものをすべて、下級生に引き継ぐ、つないでいく。これからのチームを担う者がそれを確かなものにすることによって、本当に強いファイターズが生まれる……。悔し涙をぬぐいもせず、ひたすらその言葉を強調。そして最後、「よし、上げよか」の声を掛け、ハドルを組んで「関学フットボール。フレッ、フレッ、フレー」とドーム全体に響き渡るエールを送った。
悔しい敗戦の中で、この主将の言葉を聞いて、僕は何だがほっとした。少しばかりうれしくなった。
「俺の持っているものはすべてお前らにつないでいく。やれることは何でもする。俺はやる。だから社会人に勝つチームを作ってくれ」。そういって下級生に頭を下げる。そういう主将を先頭に、ファイターズは全員が結束して魂のフットボールを展開した。その結果としての33-24。
この結果を潔く受け入れるところから、新たなチームがスタートする。主将が涙ながらに振り絞ったこうした言葉、思いを受け継ぐところから新たな「挑戦」が始まる。「チーム鷺野」の「挑戦」を土台に、新たな「挑戦」をスタートさせる。そこから、ファイターズの「魂のフットボール」が生まれる。
そう、挑戦は続く。僕もまた、新たな歩みを始めよう。そう思うと、悔しさも少しは薄らいだ。鷺野君や斎藤君、横山君や大園君。顔を合わせたメンバーに心の底から「ごくろうさん」と声を掛け、晴れ晴れとした気持ちで握手を交わすこともできた。こうした面々と下級生が結束して「魂のフットボール」を展開してくれたことをわが手で確認した。
ファイターズの試合を観戦していても、JV戦から公式戦まで、必ずメモを取る。雨が降ってメモ帳が濡れても、寒くて手がかじかんでも、どんなに試合が白熱しても、その習性は変わらない。
しかし、ライスボウルでは、第4Qからのメモが乱れている。いま、このコラムを書くために読み返しているが、その乱れた文字がそのまま僕の動揺を表現しているようで、読み返すのもつらい。
始まりはこんな場面だった。ファイターズが3Q終盤、QB斎藤君からWR木下君へのパスでゴール前20ヤードまで攻め込み、同じくWR木戸君へのパスでTDを奪った。K三輪のキックも決まって24-23とリードしたところで第3Q終了。迎えた第4Q、相手陣44ヤードからの攻撃をDL松本君とLB山岸君のロスタックルで押し込み、さらにはDB岡本君のインターセプトで、攻撃権を奪い返した。
強力な相手の守備陣をかいくぐり、知略の限りを尽くして手にした逆転劇。その勢いに乗って、今度は守備陣が魂のタックル、捨て身のインターセプトで手にした攻撃権。勢いは完全にファイターズ、と思ったところに落とし穴が待っていた。
まずは斎藤君が6ヤードを走り、セカンドダウン4ヤード。この好位置からWR大園君に投じた長いパスが運命を分けた。ライン際で一度は大園君が確保したように見えたが、それを相手DBがかき出し、パス失敗。成功しておれば、相手ゴール前からさらに4度の攻撃機会があり、一気に引き離せる好機だったが、帳消しになった。
これに動揺したのか、それまでは追い詰められた場面でも確実に試合をコントロールしていた斎藤君の動きが乱れる。ベンチの勝負手も不発に終わる。第4ダウンのプレーでも、あえてパスを投げようとしたが、守備陣の突っ込みが速く、逃げ回ったあげくに投じたパスは相手に奪われてしまった。
この好機に相手はエースRBに集中してボールを持たせ、わずか3プレーでTD。この試合、三度目のリードである。こうなると相手は落ち着き、逆にファイターズには焦りが出てくる。第3Q終盤まで、あれほど積極的に攻め続けていたオフェンスも、有効なプレーが続かず、押し切られてしまった。
その間、目の前のプレーを追うのに必死だったのだろう。メモは乱れ、正確にプレーがたどれない。新幹線がストップして東京に行くのをあきらめ、自宅でテレビ応援した昨年は別として、1昨年も、その前の年も、終盤に山場が続いたが、メモを取る手が動揺したのは、今年が初めてだった。この勢いがあれば勝てる、と思っていた場面が、ほんの数分で暗転してしまったからだろう。
それほど勝負の分岐点はきわどかった。終わってみれば「地力の差が出た」ということだろうが、もしあのとき、大園君へのパスが通っておれば、もしあのときスナップが正確なタイミングで出ておれば、もし、ゴール前でジョーダンと名付けたパスが通っておれば……と、ひとつひとつの練りに練ったプレーを思い返すにつけても、悔しくてならなかった。試合終了後、ディレクターの小野さんたちがFM放送で解説されている席から、グラウンドに降りるまでの間も、悶々としていた。
その悔しさは、選手もスタッフも、監督もコーチも、全員が共有しているに違いない。練習ではほとんど成功していたプレーにミスが出るなんて、誰もが予測出来なかったに違いない。
試合後、選手全員を前にして鷺野主将が語りかけていた。その声が聞こえてくる。「下級生はよく助けてくれた。不甲斐ないのは4年や。4年がとことん詰め切れんかったからや。申し訳ない」「この悔しい気持ちを次につなぐんや。これで終わりにしたら、なんにもならない。4年生はこれで終わりではない。自分の持っているものをみんなにつないでいけ。俺はやる。俺の出来ることは何でもする。俺の持っているものをみんな、つないでいく」
メモを取らず、頭に刻んだだけだから、正確な表現ではないかも知れない。しかし、こういって自分たちの積み重ねてきたもの、先輩たちから受け継いできたものをすべて、下級生に引き継ぐ、つないでいく。これからのチームを担う者がそれを確かなものにすることによって、本当に強いファイターズが生まれる……。悔し涙をぬぐいもせず、ひたすらその言葉を強調。そして最後、「よし、上げよか」の声を掛け、ハドルを組んで「関学フットボール。フレッ、フレッ、フレー」とドーム全体に響き渡るエールを送った。
悔しい敗戦の中で、この主将の言葉を聞いて、僕は何だがほっとした。少しばかりうれしくなった。
「俺の持っているものはすべてお前らにつないでいく。やれることは何でもする。俺はやる。だから社会人に勝つチームを作ってくれ」。そういって下級生に頭を下げる。そういう主将を先頭に、ファイターズは全員が結束して魂のフットボールを展開した。その結果としての33-24。
この結果を潔く受け入れるところから、新たなチームがスタートする。主将が涙ながらに振り絞ったこうした言葉、思いを受け継ぐところから新たな「挑戦」が始まる。「チーム鷺野」の「挑戦」を土台に、新たな「挑戦」をスタートさせる。そこから、ファイターズの「魂のフットボール」が生まれる。
そう、挑戦は続く。僕もまた、新たな歩みを始めよう。そう思うと、悔しさも少しは薄らいだ。鷺野君や斎藤君、横山君や大園君。顔を合わせたメンバーに心の底から「ごくろうさん」と声を掛け、晴れ晴れとした気持ちで握手を交わすこともできた。こうした面々と下級生が結束して「魂のフットボール」を展開してくれたことをわが手で確認した。
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