石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(26)教える力、教わる力
9月28日、関西学院の創立125周年の当日、神戸大学との試合が始まる2時間半も前に家を出て、王子スタジアムに向かった。
阪急西宮北口駅で今津線から神戸線の各駅停車に乗り換えると、大寺コーチの顔が見えた。隣に座ると、熱心にプレーブックをチェックしている。「大変ですね」と声を掛けると「僕は小心者ですねん。最後までチェックしておかないと、気持ちが落ち着かないんです」ということだった。
「それはそれは。準備は細心に、プレーは大胆に、ということですな」とねぎらいながら、僕は車内で読もうと持参した文庫本(その日は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」。一応、元は全国紙の論説委員、今はローカル紙の編集局長。いつもいつもハードボイルドやエンターテイメント小説ばかりを読んでいるのではなく、シブい本も普通に読んでいるのです)に目をやった。
ファイターズのレシーブで試合が始まる。この日の先発QBはエース斎藤ではなく、進境著しい2年生の伊豆。さて、どんなプレーを見せてくれるか、と考える間もなく、3プレー目、自陣28ヤード付近からWR木下へミドルパス。それがドンピシャで通り、50ヤード付近でキャッチした木下はそのまま一気にゴールまで走り込んでTD。三輪のキックも決まっていきなり7点のリードである。
今日も気楽に観戦できるかな、と思っていたら、それが大違い。守備は相手を完璧に抑えているが、攻撃がつながらない。パスのコントロールは乱れる、RBはボールをファンブルするという苦しい状況で2、3シリーズ目はダウンを更新することも出来ないまま、相手に攻撃権が渡ってしまう。
「やばいな」と思っていたところが、今度は相手のファンブルしたボールを守備陣がカバー。ゴール前29ヤードという絶好の位置で攻撃権を手にする。ここはRB橋本、高松の手堅いランプレーで陣地を進め、第2ダウン残り7ヤードという場面で伊豆からゴール左端に高いパス。それを木下が冷静にキャッチし、ようやく2本目のTD。
その後も、相手のパントのミスから手にしたゴール前10ヤードからの攻撃を橋本のランでTDに結び付けるなどしたが、前半は23ー0。後半になっても、状況は好転せず、攻撃陣はTD2本とFG1本を決めただけ。最後に交代メンバーとして出場していたDB山本泰が相手パスをインターセプト。そのまま69ヤードを走り切ってTDに仕上げたが、45ー0という得点ボードの数字からは想像出来ないほど重苦しい試合となった。
原因ははっきりしている。QB斎藤、RB鷺野という攻撃陣の支柱になるメンバーを使わず、もっぱら交代メンバー中心で試合に臨んだが、その交代メンバーが思い通りにプレーできなかったからだ。その辺の事情について、試合後、監督や主将らが異口同音に語っている。関学スポーツの「インタビュー」から引用させてもらおう。
鳥内監督 「今日の試合は層の厚さを確かめたかったが、オフェンスメンバーは全然できていなかった。4年生がけがしたときに試合に出るのは下級生。4年生がもっと下級生を育てなければならない」
鷺野主将 「今日は内容、結果ともに最悪の試合だった。練習から意識できていなかった結果だと思う。下級生も自分が出たときのプレーをイメージできていない。もっと基本に忠実にプレーできないとダメ。一方でディフェンスはよかった」
松島副将 「今日のオフェンスはほとんど0点。一番よくなかったのは、いつも出ていない選手が出ると分かっていたのに、準備ができていなかった」
QB伊豆選手 「今日はスターターで、少し気持ちが浮ついていた。練習が足りない」
それぞれ、まるで試合に敗れたチームのコメントのようだ。
監督のコメントにあるように、この日はあえて攻撃の主力選手を温存し「下級生を中心とした交代要員の力を見たい」という明確な意志を持って臨んだ試合だった。それは相手を「格下」と侮るのではなく、京大を破った勢いに乗って全力でぶつかってくる相手に、これまでは「勝敗の行方が見えてから出場していた下級生たちがどれだけ戦えるか」ということをテストする意味でもある。その期待に多くの選手が応え切れなかったから、監督や主将の辛口コメントが出たのだろう。
そうした事態が想定されるから、冒頭に紹介した大寺コーチの「僕は小心者ですから」という言葉の意味が生きてくる。「準備は細心に、プレーは大胆に、ということですか」と僕が問い掛けたのも、同じ意味である。
問題は、試合経験を積んできた上級生が下級生にそのことをどう徹底させるか。下級生は、自らの経験のなさからくる「不安と過信」にどう対処するか。この2点である。
答えは日ごろの取り組み、練習にある。あるいはこの日、過去に甲子園ボウルやライスボウルで過酷な試合を経験してきた上級生たちのプレーにある。
例えば、この日、相手QBの投じたパスを背走し、身をよじるようにして奪い取ったDB田中のプレーを見ればよい。彼はファイターズ守備陣のベストプレーヤーであり、普通は相手QBがパスを投じるのを自制してしまう選手である。にもかかわらず、彼はいつパスがとんできてもいいように万全の備えをし、たった一度投じられたパスを信じられないような身のこなしで奪い取ってしまった。日ごろから「自分の方向に飛んできたパスは全部奪ってやる」と準備し、そのための練習、備えがあってこそ生まれたプレーといえるだろう。
あるいはまた、立ち上がり、伊豆から投じられたパスを2本とも確実にキャッチし、ともにTDに結び付けた木下のプレーがある。彼は今年、ずっと手術後のリハビリ生活を余儀なくされてきたが、その間、いつもレシーバーの練習につきあい、下級生にパスを投げ、コース取りやブロックの仕方を教えてきた。下級生を教えることで自らのプレーを脳裏に描き、理想のプレーをイメージしてきた。体が動かせるようになり、練習に復帰すると、そのイメージを現実のプレーに反映させた。教える力を自らの技術を向上させるエネルギーにしたといってよい。
「馬を水辺に連れて行くことはできる。しかし、水を飲ませることはできない」という言葉がある。教える側がいくら力を尽くしても、教わる側に「水を飲みたい」という意識がないと、水は飲めないのである。
もちろん、逆も真なり、である。「水が飲みたい。上級生のようなプレーがしたい」と渇望して下級生がいるのに、その期待に応えられない上級生では話にならない。教える側と教わる側の歯車がかみ合ったときに初めて、チームの層は厚くなる。そういうことを教えてくれたのが、創立125周年記念日の試合だった。
◇ ◇
いま発売中の「タッチダウン11月号」に僕の原稿が掲載されています。
「ファイターズを育む土壌」というタイトルに「アメリカの合理主義と大阪商人の知恵」という副題がついています。ファイターズの選手、関係者、ファンの方々、そして関西学院大学の先生方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。他チームのファンからは「面白くない。読みたくもない」と叱られるかも知れませんが、タッチダウン誌オーナーの大きな度量と推薦に甘えて、思うところを書かせていただきました。回し読みでもコピーでも結構です。目を通していただければ、これに勝る幸せはありません。
阪急西宮北口駅で今津線から神戸線の各駅停車に乗り換えると、大寺コーチの顔が見えた。隣に座ると、熱心にプレーブックをチェックしている。「大変ですね」と声を掛けると「僕は小心者ですねん。最後までチェックしておかないと、気持ちが落ち着かないんです」ということだった。
「それはそれは。準備は細心に、プレーは大胆に、ということですな」とねぎらいながら、僕は車内で読もうと持参した文庫本(その日は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」。一応、元は全国紙の論説委員、今はローカル紙の編集局長。いつもいつもハードボイルドやエンターテイメント小説ばかりを読んでいるのではなく、シブい本も普通に読んでいるのです)に目をやった。
ファイターズのレシーブで試合が始まる。この日の先発QBはエース斎藤ではなく、進境著しい2年生の伊豆。さて、どんなプレーを見せてくれるか、と考える間もなく、3プレー目、自陣28ヤード付近からWR木下へミドルパス。それがドンピシャで通り、50ヤード付近でキャッチした木下はそのまま一気にゴールまで走り込んでTD。三輪のキックも決まっていきなり7点のリードである。
今日も気楽に観戦できるかな、と思っていたら、それが大違い。守備は相手を完璧に抑えているが、攻撃がつながらない。パスのコントロールは乱れる、RBはボールをファンブルするという苦しい状況で2、3シリーズ目はダウンを更新することも出来ないまま、相手に攻撃権が渡ってしまう。
「やばいな」と思っていたところが、今度は相手のファンブルしたボールを守備陣がカバー。ゴール前29ヤードという絶好の位置で攻撃権を手にする。ここはRB橋本、高松の手堅いランプレーで陣地を進め、第2ダウン残り7ヤードという場面で伊豆からゴール左端に高いパス。それを木下が冷静にキャッチし、ようやく2本目のTD。
その後も、相手のパントのミスから手にしたゴール前10ヤードからの攻撃を橋本のランでTDに結び付けるなどしたが、前半は23ー0。後半になっても、状況は好転せず、攻撃陣はTD2本とFG1本を決めただけ。最後に交代メンバーとして出場していたDB山本泰が相手パスをインターセプト。そのまま69ヤードを走り切ってTDに仕上げたが、45ー0という得点ボードの数字からは想像出来ないほど重苦しい試合となった。
原因ははっきりしている。QB斎藤、RB鷺野という攻撃陣の支柱になるメンバーを使わず、もっぱら交代メンバー中心で試合に臨んだが、その交代メンバーが思い通りにプレーできなかったからだ。その辺の事情について、試合後、監督や主将らが異口同音に語っている。関学スポーツの「インタビュー」から引用させてもらおう。
鳥内監督 「今日の試合は層の厚さを確かめたかったが、オフェンスメンバーは全然できていなかった。4年生がけがしたときに試合に出るのは下級生。4年生がもっと下級生を育てなければならない」
鷺野主将 「今日は内容、結果ともに最悪の試合だった。練習から意識できていなかった結果だと思う。下級生も自分が出たときのプレーをイメージできていない。もっと基本に忠実にプレーできないとダメ。一方でディフェンスはよかった」
松島副将 「今日のオフェンスはほとんど0点。一番よくなかったのは、いつも出ていない選手が出ると分かっていたのに、準備ができていなかった」
QB伊豆選手 「今日はスターターで、少し気持ちが浮ついていた。練習が足りない」
それぞれ、まるで試合に敗れたチームのコメントのようだ。
監督のコメントにあるように、この日はあえて攻撃の主力選手を温存し「下級生を中心とした交代要員の力を見たい」という明確な意志を持って臨んだ試合だった。それは相手を「格下」と侮るのではなく、京大を破った勢いに乗って全力でぶつかってくる相手に、これまでは「勝敗の行方が見えてから出場していた下級生たちがどれだけ戦えるか」ということをテストする意味でもある。その期待に多くの選手が応え切れなかったから、監督や主将の辛口コメントが出たのだろう。
そうした事態が想定されるから、冒頭に紹介した大寺コーチの「僕は小心者ですから」という言葉の意味が生きてくる。「準備は細心に、プレーは大胆に、ということですか」と僕が問い掛けたのも、同じ意味である。
問題は、試合経験を積んできた上級生が下級生にそのことをどう徹底させるか。下級生は、自らの経験のなさからくる「不安と過信」にどう対処するか。この2点である。
答えは日ごろの取り組み、練習にある。あるいはこの日、過去に甲子園ボウルやライスボウルで過酷な試合を経験してきた上級生たちのプレーにある。
例えば、この日、相手QBの投じたパスを背走し、身をよじるようにして奪い取ったDB田中のプレーを見ればよい。彼はファイターズ守備陣のベストプレーヤーであり、普通は相手QBがパスを投じるのを自制してしまう選手である。にもかかわらず、彼はいつパスがとんできてもいいように万全の備えをし、たった一度投じられたパスを信じられないような身のこなしで奪い取ってしまった。日ごろから「自分の方向に飛んできたパスは全部奪ってやる」と準備し、そのための練習、備えがあってこそ生まれたプレーといえるだろう。
あるいはまた、立ち上がり、伊豆から投じられたパスを2本とも確実にキャッチし、ともにTDに結び付けた木下のプレーがある。彼は今年、ずっと手術後のリハビリ生活を余儀なくされてきたが、その間、いつもレシーバーの練習につきあい、下級生にパスを投げ、コース取りやブロックの仕方を教えてきた。下級生を教えることで自らのプレーを脳裏に描き、理想のプレーをイメージしてきた。体が動かせるようになり、練習に復帰すると、そのイメージを現実のプレーに反映させた。教える力を自らの技術を向上させるエネルギーにしたといってよい。
「馬を水辺に連れて行くことはできる。しかし、水を飲ませることはできない」という言葉がある。教える側がいくら力を尽くしても、教わる側に「水を飲みたい」という意識がないと、水は飲めないのである。
もちろん、逆も真なり、である。「水が飲みたい。上級生のようなプレーがしたい」と渇望して下級生がいるのに、その期待に応えられない上級生では話にならない。教える側と教わる側の歯車がかみ合ったときに初めて、チームの層は厚くなる。そういうことを教えてくれたのが、創立125周年記念日の試合だった。
◇ ◇
いま発売中の「タッチダウン11月号」に僕の原稿が掲載されています。
「ファイターズを育む土壌」というタイトルに「アメリカの合理主義と大阪商人の知恵」という副題がついています。ファイターズの選手、関係者、ファンの方々、そして関西学院大学の先生方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。他チームのファンからは「面白くない。読みたくもない」と叱られるかも知れませんが、タッチダウン誌オーナーの大きな度量と推薦に甘えて、思うところを書かせていただきました。回し読みでもコピーでも結構です。目を通していただければ、これに勝る幸せはありません。
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