石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(35)芝生の上の幻術師
「何でだ!」「どうして?」――。
僕がもし、相手チームの選手、あるいは監督、コーチなら、そんな疑問符が団体を組んで押し寄せてきただろう。4年ぶりの青と赤の対決、関西学院大学ファイターズと日本大学フェニックスが戦った甲子園ボウルの試合内容と結果のことである。
総獲得ヤードは297ヤードと260ヤード、ファーストダウンの更新回数は16回と12回、ボール所有時間は32分6秒と27分54秒。いずれも日大が関学を上回っている。逆に、反則の回数と罰退させられた距離は、それぞれ7回と3回、45ヤードと15ヤードで関学の方が日大より多い。なのに、肝心の得点は24-3。日大はフィールドゴール(FG)1本だけだったのに、関学は堂々と3本のタッチダウン(TD)と1本のFGを決めている。
不思議というしかない。気の利いた小説家なら、甲子園の緑の芝生の上に、手品か目くらましを得意とする幻術師が舞い降りた、とでも表現しそうな試合だった。
しかし、それは幻術師の仕業でも、手品師の目くらましでもない。周到に準備し、練りに練った仕掛けだった。
例えば、互いに2度ずつパントを蹴り合い、一進一退の状況で迎えた第1Q終盤、ファイターズが自陣29ヤードから始めた攻撃シリーズ。まず、QB畑からWR大園への14ヤードパスで陣地を進め、次はエースWR和田への43ヤードのパス。ともに相手ディフェンスのカバーをピンポイントでくぐり抜ける魔術師のようなパスであり、キャッチであった。この好機を、畑のスクランブルとRB望月のラッシュでTDに結びつけたのだが、それはラン攻撃に対する守備には絶対的な自信を持ち、逆にパスを警戒する相手守備陣の裏をかいた見事な戦法だった。
そして、この日の勝敗を決定づけたのが第2Qに入ってすぐ、自陣30数ヤードからK大西が蹴ったパント。相手陣深くまで高々と上がったこのボールを日大のリターナーがファンブル。それをDB大竹がゴール前2ヤードでカバーして攻撃権を奪い取り、即座に主将・松岡のTDランに結びつけた。
相手のミスにつけ込んだように見えたこのプレーはしかし、1年がかりで周到に準備されたものだった。キッキングチームの指導を担当している小野コーチによると「あれは大西が1年かけて磨き上げた特別のパント。リターナーのファンブルを誘うように仕掛けてあるのです。それを思い通りに決め、相手のファンブルを誘い、そのボールを見事にカバーしたカバーチームの芸術的なプレーです」という。
その証拠に、第4Qに入ってすぐ、大西が似たような位置から蹴ったパントも、相手リターナーがファンブルした。これは相手が抑え、ターンオーバーにはならなかったが、よほどキャッチしにくい弾道で飛んでくるのだろう。それ以降に2度、大西がパントを蹴ったが、2度とも相手リターナーはボールに手を触れず、転がるままに任せてしまった。おかげでファイターズは第4Q、必死に反撃を試みようとする相手を、常にゴール前10ヤード以内からの攻撃に追いやり、反撃の芽を摘み取った。魔術師、あるいは幻術師と呼ぶにふさわしいパントであり、キッキングチームの活躍だった。大西が今年の年間最優秀選手賞(チャック・ミルズ杯)を受賞したのには理由がある。リーグ戦からこの試合まで、営々とこういう場面を積み重ねてきたからである。
しかし、魔術師、幻術師はオフェンスだけにいたのではない。中央のランプレーを終始止め続けたディフェンス陣の活躍は、いくらほめてもほめきれない。なにより梶原、長島、池永、前川という布陣で臨んだDLの速さはただごとではなかった。大げさに言えば、相手オフェンス陣には、ボールがスナップされた瞬間、もう目の前に彼らが立ちふさがっていると見えたのではないか。これに加えて、2列目の池田や3列目の香山が再三、突き刺すようなタックルを見舞い、短いパスではダウンが更新できないような状況に相手を押しやってしまった。
ラン攻撃に自信を持ち、関東の激戦を勝ち抜いてきた相手だけに、その決め手を封じられると、攻撃は手詰まりになる。パスで活路を開くしかないが、そこでもファイターズは周到な対策を用意していた。相手のラン攻撃を封じて、常に第3ダウンロングという状況を作りだした上、その場面ではLBとDBが全員後方に下がり「短いパスならどうぞ通して下さい。でも、長いのは通させませんよ」といわんばかりの守備隊形を敷く。硬軟自在の守備。これではいくらヤードを稼いでも、得点にまで結びつけるのは難しい。
簡単に突破できそうなのに、そして実際、ヤードは稼いでいるのに、得点までは結びつけられない攻撃。強力なDL陣を中心に、完璧に封じ込めたように見えるのに、針の穴を通すように攻め込まれた守備。その上、魔法のような技術を持ったキッキングチームに翻弄されては、攻守ともに高い身体能力を持った赤の軍団も、その力を存分に発揮するまでには至らなかったのだろう。日大の選手たちにとっては、この日のファイターズは、まるで魔術師の集団に見えたとしても不思議ではない。頭に?マークが集団で巣を作ってもおかしくはない。
そういう不思議な、しかし周到に準備されたプレーを連発し、攻守だけでなくキッキングチームやベンチの采配までを含めて、すべてを総合し、縒(よ)りあわせて、ファイターズは勝利した。細い糸でも、何本も集めて縒りあわせると強力な綱(ロープ)になる。その縒りあわせる力、結びつける力を、人は絆と呼ぶ。「すべては気持ち」という合い言葉で縒りあわせた、ファイターズの絆はどのチームより強かった。
実力は紙一重、ひょっとしたら相手の方が上回っていたかもしれないのに、それを覆して勝ったファイターズの絆に、まずは拍手を送りたい。優勝、おめでとう。
僕がもし、相手チームの選手、あるいは監督、コーチなら、そんな疑問符が団体を組んで押し寄せてきただろう。4年ぶりの青と赤の対決、関西学院大学ファイターズと日本大学フェニックスが戦った甲子園ボウルの試合内容と結果のことである。
総獲得ヤードは297ヤードと260ヤード、ファーストダウンの更新回数は16回と12回、ボール所有時間は32分6秒と27分54秒。いずれも日大が関学を上回っている。逆に、反則の回数と罰退させられた距離は、それぞれ7回と3回、45ヤードと15ヤードで関学の方が日大より多い。なのに、肝心の得点は24-3。日大はフィールドゴール(FG)1本だけだったのに、関学は堂々と3本のタッチダウン(TD)と1本のFGを決めている。
不思議というしかない。気の利いた小説家なら、甲子園の緑の芝生の上に、手品か目くらましを得意とする幻術師が舞い降りた、とでも表現しそうな試合だった。
しかし、それは幻術師の仕業でも、手品師の目くらましでもない。周到に準備し、練りに練った仕掛けだった。
例えば、互いに2度ずつパントを蹴り合い、一進一退の状況で迎えた第1Q終盤、ファイターズが自陣29ヤードから始めた攻撃シリーズ。まず、QB畑からWR大園への14ヤードパスで陣地を進め、次はエースWR和田への43ヤードのパス。ともに相手ディフェンスのカバーをピンポイントでくぐり抜ける魔術師のようなパスであり、キャッチであった。この好機を、畑のスクランブルとRB望月のラッシュでTDに結びつけたのだが、それはラン攻撃に対する守備には絶対的な自信を持ち、逆にパスを警戒する相手守備陣の裏をかいた見事な戦法だった。
そして、この日の勝敗を決定づけたのが第2Qに入ってすぐ、自陣30数ヤードからK大西が蹴ったパント。相手陣深くまで高々と上がったこのボールを日大のリターナーがファンブル。それをDB大竹がゴール前2ヤードでカバーして攻撃権を奪い取り、即座に主将・松岡のTDランに結びつけた。
相手のミスにつけ込んだように見えたこのプレーはしかし、1年がかりで周到に準備されたものだった。キッキングチームの指導を担当している小野コーチによると「あれは大西が1年かけて磨き上げた特別のパント。リターナーのファンブルを誘うように仕掛けてあるのです。それを思い通りに決め、相手のファンブルを誘い、そのボールを見事にカバーしたカバーチームの芸術的なプレーです」という。
その証拠に、第4Qに入ってすぐ、大西が似たような位置から蹴ったパントも、相手リターナーがファンブルした。これは相手が抑え、ターンオーバーにはならなかったが、よほどキャッチしにくい弾道で飛んでくるのだろう。それ以降に2度、大西がパントを蹴ったが、2度とも相手リターナーはボールに手を触れず、転がるままに任せてしまった。おかげでファイターズは第4Q、必死に反撃を試みようとする相手を、常にゴール前10ヤード以内からの攻撃に追いやり、反撃の芽を摘み取った。魔術師、あるいは幻術師と呼ぶにふさわしいパントであり、キッキングチームの活躍だった。大西が今年の年間最優秀選手賞(チャック・ミルズ杯)を受賞したのには理由がある。リーグ戦からこの試合まで、営々とこういう場面を積み重ねてきたからである。
しかし、魔術師、幻術師はオフェンスだけにいたのではない。中央のランプレーを終始止め続けたディフェンス陣の活躍は、いくらほめてもほめきれない。なにより梶原、長島、池永、前川という布陣で臨んだDLの速さはただごとではなかった。大げさに言えば、相手オフェンス陣には、ボールがスナップされた瞬間、もう目の前に彼らが立ちふさがっていると見えたのではないか。これに加えて、2列目の池田や3列目の香山が再三、突き刺すようなタックルを見舞い、短いパスではダウンが更新できないような状況に相手を押しやってしまった。
ラン攻撃に自信を持ち、関東の激戦を勝ち抜いてきた相手だけに、その決め手を封じられると、攻撃は手詰まりになる。パスで活路を開くしかないが、そこでもファイターズは周到な対策を用意していた。相手のラン攻撃を封じて、常に第3ダウンロングという状況を作りだした上、その場面ではLBとDBが全員後方に下がり「短いパスならどうぞ通して下さい。でも、長いのは通させませんよ」といわんばかりの守備隊形を敷く。硬軟自在の守備。これではいくらヤードを稼いでも、得点にまで結びつけるのは難しい。
簡単に突破できそうなのに、そして実際、ヤードは稼いでいるのに、得点までは結びつけられない攻撃。強力なDL陣を中心に、完璧に封じ込めたように見えるのに、針の穴を通すように攻め込まれた守備。その上、魔法のような技術を持ったキッキングチームに翻弄されては、攻守ともに高い身体能力を持った赤の軍団も、その力を存分に発揮するまでには至らなかったのだろう。日大の選手たちにとっては、この日のファイターズは、まるで魔術師の集団に見えたとしても不思議ではない。頭に?マークが集団で巣を作ってもおかしくはない。
そういう不思議な、しかし周到に準備されたプレーを連発し、攻守だけでなくキッキングチームやベンチの采配までを含めて、すべてを総合し、縒(よ)りあわせて、ファイターズは勝利した。細い糸でも、何本も集めて縒りあわせると強力な綱(ロープ)になる。その縒りあわせる力、結びつける力を、人は絆と呼ぶ。「すべては気持ち」という合い言葉で縒りあわせた、ファイターズの絆はどのチームより強かった。
実力は紙一重、ひょっとしたら相手の方が上回っていたかもしれないのに、それを覆して勝ったファイターズの絆に、まずは拍手を送りたい。優勝、おめでとう。
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