石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(2)2010年度卒業文集
2010年度の「卒業生文集」を主務の森田君が届けてくれた。卒業生42人と5年生コーチ6人がファイターズで過ごした4年間を回想し、そこで得たもの、得られなかったものなどをそれぞれ1ページずつに書き込んでいる。部内限り、部員と監督、コーチだけに配布する文集だと聞いたが、どうしても現役の部員たちに伝えておきたい内容が含まれているので、あえてこのコラムで取り上げさせていただいた。執筆された諸君の文章を断りもなく引用している点については、ご寛恕をお願いしたい。
◇ ◇
冒頭のRB稲村君勇磨君の「後輩たちへ」から、末尾の編集者、小野コーチの「後記」まで、じっくりと読んだ。読み終えてからもう2度、すべての文章を読み返した。涙がにじんできた。
それぞれの文章に、ファイターズに身を置いた部員たちの喜怒哀楽が赤裸々に綴られていた。後悔、無念、教訓、悔しさ、反省、そしてどうしても後輩に書き残しておきたいという執念。書いているうちに感情が押さえきれず、激情を吐露した文章もあるし、逆に、冷静に冷静にと自らに言い聞かせながら書いたような文章もある。それらがまた、筆者の素顔、ありのままを映し出している。まさに「文は人なり」。その人格までを暴露しているといっても過言ではない。
この文章を綴ることで、部員たちはまた一段、人生の階段を上ったのではないか。一回り大きくなったのではないか。例えば、けがのために最終学年を不本意なままに終えた悔しさ。決定的な局面でミスした後悔。自分の取り組みや意志の弱さに対する反省。優秀な後輩にポジションを奪われる悲哀、選手からスタッフへの配置転換を言い渡された時の落胆。まだ20歳を過ぎたばかりの若者が、そうした生の感情と向き合うことは容易ではない。それを文章にまとめ、人目にさらすことは、苦行でもあろう。4年間のファイターズの暮らしを締めくくり、新たな旅立ちをするため、という目的があるとはいえ、できればその作業を回避したいという気持ちも働いたに違いない。
けれども、大半の部員がその苦行をいとわず、自らの生の感情と向き合い、自らの弱さや苦しさを文章に綴ったことは事実である。その生の感情が伝わってくるから、読む方も2度、3度と読み返し、感情を揺さぶられるのである。
例えばパントリターン(PR)のスペシャリストとして4年生の秋、華麗なリターンを何度も見せてくれた尾崎裕則君の「軌跡」。彼は天下分け目の立命戦の1プレー目で負傷、救急車で病院に搬送された。その時のことを彼はこんな風に書いている。「ベンチ裏でどれだけ泣いただろう。このためにやってきたのに、そう思うと悔しくてたまらなかった」「秋シーズン、PRリターナーとして多少でも部に貢献できたのは小野さんのおかげ。そのためにも立命戦で恩返しがしたかった。いままで僕を育ててくださった小野さんのことを思うと、申し訳なくて涙が止まらなかった」
自分が腹部に強烈なタックルを受け、病院に搬送されるという状態にありながら、なおチームに貢献できず、コーチに申し訳ない、と泣きじゃくる責任感と純情。彼はこの文章を「今という時間は今しかない。その限られた時間の中で、個人個人がチームにとって一番貢献できる場所を模索してほしい。壁にぶち当たったとしても、あきらめず、プライドを持って突き進んでほしい。頑張れ、後輩たち」という言葉で結んでいる。
5年生コーチの高野篤君は「勝ったのは俺かお前か」というタイトルで「この5年間を非常に悔いている。社会人まで残り2か月としているいま、本当にすべてのことを学ぶことができたのだろうか」と書き出す。4年生の夏、「負けてはいけない後輩」に負けて「おれはすでに用無しではないか」と悩んだことを振り返りながら、5年生コーチとしてある晩、あるコーチに「ファイターズでの苦い経験が払拭できない」胸の内を打ち明けたことを回想する。そして「なぜ私はこのように現役中からコーチと対話しようと思わなかったのか後悔していた。もし、今みたいにコーチに歩み寄っていたら、もっと自分のフットボール人生は変わっていたかもしれない」と書く。最後は、苦しみ抜いた5年間を回顧しながら、後輩に宛てて「立派な社会人となって、胸を張ってグラウンドに立てるようになりたい」と約束する。
先に挙げた尾崎君の文章とともに、200人を超す部員の中で、自分の居場所を探しあぐねている現役部員にとっては、何回読んでも身につまされる話だろう。
さらに「後輩へ」というWR松原弘樹君の文章がある。彼はそこで「本当に強いチームで立命、関大に挑めただろうか」と問いかけ「一番の敗因は選手同士、コーチたちともコミュニケーションが不足していた」と反省する。RB稲村君も「後輩たちへ」と題して、自らが関大とのプレーオフ、最後のプレーで失敗した理由を細かく分析、その時の心の動きの細部まで書き込んで「後輩たちに同じ思いをしてほしくない。この文章を複数回読んでほしい」と訴えかける。
そう、この文集は卒業していく部員たちが自らの傷をさらけ出し、血を流しながら書いた後輩への「遺言」である。後輩へ「贈る言葉」というのでは軽すぎる。卒業生の必死で伝えようとしているその重みを、松岡主将をはじめファイターズの全員がかみしめ、自らのものとして昇華してほしい。そうすれば、QB加藤翔平君が3年生の時の立命戦を回顧して綴った「1試合を通して無になれた。ただ目の前の1プレイに集中し、勝敗やプレイの成否を超えたプレイができていた」という境地、WR春日玲郁君が4年生の立命戦を回顧して書いた「加藤から投げられたボールを目で追い、いろいろな動きがはっきり見えた。タックルに来た選手に捕えられてもニーアップまでできた」「練習でやってきたことは試合になっても裏切ることはない。そう思えた」という境地にも到達できるはずだ。
そこから道は開ける。部員諸君。この文集をいつも手元に置き、毎日読んでほしい。できれば昨年度やその前の年の文集も熟読してほしい。そして、そこに書き残されている先輩たちの熱い気持ちをわが思いとして練習に生かし、鍛錬してほしい。これはファイターズが強くなるための何よりの教科書である。
◇ ◇
冒頭のRB稲村君勇磨君の「後輩たちへ」から、末尾の編集者、小野コーチの「後記」まで、じっくりと読んだ。読み終えてからもう2度、すべての文章を読み返した。涙がにじんできた。
それぞれの文章に、ファイターズに身を置いた部員たちの喜怒哀楽が赤裸々に綴られていた。後悔、無念、教訓、悔しさ、反省、そしてどうしても後輩に書き残しておきたいという執念。書いているうちに感情が押さえきれず、激情を吐露した文章もあるし、逆に、冷静に冷静にと自らに言い聞かせながら書いたような文章もある。それらがまた、筆者の素顔、ありのままを映し出している。まさに「文は人なり」。その人格までを暴露しているといっても過言ではない。
この文章を綴ることで、部員たちはまた一段、人生の階段を上ったのではないか。一回り大きくなったのではないか。例えば、けがのために最終学年を不本意なままに終えた悔しさ。決定的な局面でミスした後悔。自分の取り組みや意志の弱さに対する反省。優秀な後輩にポジションを奪われる悲哀、選手からスタッフへの配置転換を言い渡された時の落胆。まだ20歳を過ぎたばかりの若者が、そうした生の感情と向き合うことは容易ではない。それを文章にまとめ、人目にさらすことは、苦行でもあろう。4年間のファイターズの暮らしを締めくくり、新たな旅立ちをするため、という目的があるとはいえ、できればその作業を回避したいという気持ちも働いたに違いない。
けれども、大半の部員がその苦行をいとわず、自らの生の感情と向き合い、自らの弱さや苦しさを文章に綴ったことは事実である。その生の感情が伝わってくるから、読む方も2度、3度と読み返し、感情を揺さぶられるのである。
例えばパントリターン(PR)のスペシャリストとして4年生の秋、華麗なリターンを何度も見せてくれた尾崎裕則君の「軌跡」。彼は天下分け目の立命戦の1プレー目で負傷、救急車で病院に搬送された。その時のことを彼はこんな風に書いている。「ベンチ裏でどれだけ泣いただろう。このためにやってきたのに、そう思うと悔しくてたまらなかった」「秋シーズン、PRリターナーとして多少でも部に貢献できたのは小野さんのおかげ。そのためにも立命戦で恩返しがしたかった。いままで僕を育ててくださった小野さんのことを思うと、申し訳なくて涙が止まらなかった」
自分が腹部に強烈なタックルを受け、病院に搬送されるという状態にありながら、なおチームに貢献できず、コーチに申し訳ない、と泣きじゃくる責任感と純情。彼はこの文章を「今という時間は今しかない。その限られた時間の中で、個人個人がチームにとって一番貢献できる場所を模索してほしい。壁にぶち当たったとしても、あきらめず、プライドを持って突き進んでほしい。頑張れ、後輩たち」という言葉で結んでいる。
5年生コーチの高野篤君は「勝ったのは俺かお前か」というタイトルで「この5年間を非常に悔いている。社会人まで残り2か月としているいま、本当にすべてのことを学ぶことができたのだろうか」と書き出す。4年生の夏、「負けてはいけない後輩」に負けて「おれはすでに用無しではないか」と悩んだことを振り返りながら、5年生コーチとしてある晩、あるコーチに「ファイターズでの苦い経験が払拭できない」胸の内を打ち明けたことを回想する。そして「なぜ私はこのように現役中からコーチと対話しようと思わなかったのか後悔していた。もし、今みたいにコーチに歩み寄っていたら、もっと自分のフットボール人生は変わっていたかもしれない」と書く。最後は、苦しみ抜いた5年間を回顧しながら、後輩に宛てて「立派な社会人となって、胸を張ってグラウンドに立てるようになりたい」と約束する。
先に挙げた尾崎君の文章とともに、200人を超す部員の中で、自分の居場所を探しあぐねている現役部員にとっては、何回読んでも身につまされる話だろう。
さらに「後輩へ」というWR松原弘樹君の文章がある。彼はそこで「本当に強いチームで立命、関大に挑めただろうか」と問いかけ「一番の敗因は選手同士、コーチたちともコミュニケーションが不足していた」と反省する。RB稲村君も「後輩たちへ」と題して、自らが関大とのプレーオフ、最後のプレーで失敗した理由を細かく分析、その時の心の動きの細部まで書き込んで「後輩たちに同じ思いをしてほしくない。この文章を複数回読んでほしい」と訴えかける。
そう、この文集は卒業していく部員たちが自らの傷をさらけ出し、血を流しながら書いた後輩への「遺言」である。後輩へ「贈る言葉」というのでは軽すぎる。卒業生の必死で伝えようとしているその重みを、松岡主将をはじめファイターズの全員がかみしめ、自らのものとして昇華してほしい。そうすれば、QB加藤翔平君が3年生の時の立命戦を回顧して綴った「1試合を通して無になれた。ただ目の前の1プレイに集中し、勝敗やプレイの成否を超えたプレイができていた」という境地、WR春日玲郁君が4年生の立命戦を回顧して書いた「加藤から投げられたボールを目で追い、いろいろな動きがはっきり見えた。タックルに来た選手に捕えられてもニーアップまでできた」「練習でやってきたことは試合になっても裏切ることはない。そう思えた」という境地にも到達できるはずだ。
そこから道は開ける。部員諸君。この文集をいつも手元に置き、毎日読んでほしい。できれば昨年度やその前の年の文集も熟読してほしい。そして、そこに書き残されている先輩たちの熱い気持ちをわが思いとして練習に生かし、鍛錬してほしい。これはファイターズが強くなるための何よりの教科書である。
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