石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(29)魂のドラマ
ファイターズが劇的な逆転勝利をつかんだ後、選手に一言掛けたくてグラウンドに降りた。しかし、全員で試合終了後の挨拶を終えたばかり。まだ新聞記者やテレビ局のヒーローインタビューが続いているさなかでもあり、なかなか個々の選手には声が掛けづらい。
とりあえず、手の空いたコーチに「ありがとうございました」と片っ端から声を掛ける。「勝ったのは良かったけど、素直に喜べませんね」という渋い表情のコーチもいるし、感極まったような表情をしているコーチもいる。それぞれ担当している部署の出来不出来を目の当たりにし、さらにこれからの試合を見据えているからこその反応だろう。
そんな中で、一人「オフェンスは新喜劇みたいやったな」と話し掛けてきたコーチがいる。自他共に許す吉本新喜劇のファンで、普段から「新喜劇は奇想天外。その面白さが分かって初めて、臨機応変、いいプレーヤーになれる」と言い続けているコーチである。
一瞬、「なんで新喜劇」という表情をすると、「うちのディフェンスは元々、新喜劇やったけど、今日の試合はオフェンスも新喜劇やった」という言葉が続いた。
その言葉の意味が解せないまま、何とか会話を続け、しばらくしてからその意味を考えた。多分、そのコーチは「新喜劇」という言葉に次のような意味合いを含めていたのだろう。
「吉本新喜劇は常に前半がドタバタ。番組の終わるまでにどのように収拾するか訳が分からん」「けれども最後はいつものお約束の通りに物語の収拾がついて、見ている方もめでたしめでたし。腹を抱えて笑っているうちに、目出度く番組はお開きになる」と。
このお約束をこの日のオフェンスに当てはめると、試合の途中まではインターセプトが3回、うち1本はそのままタッチダウン。ファンブルで攻撃権を奪われた分を合わせると、ターンオーバーが4つという、近来にないドタバタ劇だった。しかし、物語の後半になると、それぞれの役者がしっかり役割を果たして劇の進行を支え、気がつけば最後のプレーで逆転サヨナラ勝ち。見事な大団円に仕上げている。この試合を形容するには、喜劇という言葉も悲劇という言葉も似合わない。余りにも結末が鮮やかすぎて人情劇と呼ぶのもためらわれる。ここはやっぱり新喜劇。「ファイターズファンのすべてが喜びの涙を浮かべる新喜劇」と表現するのが一番だろうと勝手に納得した。
めちゃくちゃなローカルな話で前置きが長くなった。本題に入る。
12月2日、晴れ渡った万博記念競技場で開かれた西日本代表校決定戦、立命館大学と関西学院大学の試合は、スポ根漫画も顔負けのドラマチックな幕切れとなった。
ファイターズは前半からリードされ、第3Q終了時点でも16-10と立命がリード。その後、4Q途中にもだめ押しとも思えるFGを決められ、19-10と差が広がる。
起死回生の一発に賭けようとしても、エースランナーの山口は負傷で退場。エースレシーバーの松井も足を引きずっている。QB奥野のパスで突破口を開きたいところだが、前半から手痛いインターセプトを3発も食らっている。おまけに随時、交代出場し、プレーの選択肢を広げていたQB西野もベンチに下がっている。
残り時間は7分56秒。ボールは自陣25ヤード。さてどうする。まずは奥野から同学年のWR鈴木に6ヤードのパス。一つおいて次のプレーもWR阿部へのパス。それが見事に決まって相手陣45ヤード。よしっ、と思った瞬間、ホールディングの反則で10ヤード後退。ヤバイ、と思った瞬間、奥野がスクランブルで一気に陣地を回復。あらためて敵陣34ヤードからの攻撃につなげる。
ここで交代したQB光藤がまたもや17ヤードのスクランブル。相手の反則もあって一気に相手ゴールに迫る。再び光藤が走ってゴール前1ヤードに攻め込んだ後、仕上げはRB中村のダイブで19-17と追い上げる。
残り時間は3分44秒。相手攻撃を絶対に3&アウトに押さえなければならない局面だ。奮起した守備陣が鉄壁の守りを見せて攻撃権を奪い返す。そのときボールは自陣41ヤード、残り時間は1分56秒。何とかフィールドゴール圏内までボールを持ち込みたいが、残された時間は少ない。
さてどうするか。ここでも突破口を開いたのは奥野からWR陣へのパス。松井、そして阿部へとミドルパスを立て続けに通し、一気に相手ゴール前12ヤードに迫る。
ここからはRB渡邊を走らせて時間を消費。残り2秒となったところでK安藤にチームの命運を託した。恐ろしく緊張する場面だったが、安藤が見事に24ヤードのFGを決め、劇的な逆転サヨナラ勝ちを手にした。
この場面、距離は短かったが、この一蹴りにチームの命運がかかっている。キッカーの安藤はもとより、スナッパーの鈴木、ホールダーの中岡も、さらにいえばキッキングチーム全員の胸中が波立っていたに違いない。けれども、11人がそれぞれの役割を完璧に全うして勝利を呼び込んだ。
振り返れば、故障明けの4年生レシーバー松井と小田が局面を打開し、それに呼応して同じポジションの阿部が神がかり的な捕球を続ける。試合の終盤、ここぞという場面で登場した主将・光藤の必死のプレーがチームを奮い立たせる。上級生をここで終わらせてはならない、と腹をくくった奥野が前半とは打って変わって正確なパスを投げ続ける。スクランブルで局面を打開する。
こうしたオフェンスの必死懸命のプレーに守備陣が呼応。4Qに入ってからは厳しく思い切りのよいタックルで相手の攻撃の芽をことごとく摘み取っていった。
試合の前日、練習後のハドルで主将が叫んだ言葉が耳に残っている。「こんなところで終わってなるものか、俺たちは日本一になるんだ」。その言葉を苦しい試合展開の中で思い出し、グラウンドに立つ全員が体を張って共有したからこその勝利である。吉本新喜劇では、ここまでのストーリーは描けない。ファイターズならではの魂のドラマであると僕は思っている。
さて、次は甲子園。もう一丁、気合いを入れて頑張ろう。
とりあえず、手の空いたコーチに「ありがとうございました」と片っ端から声を掛ける。「勝ったのは良かったけど、素直に喜べませんね」という渋い表情のコーチもいるし、感極まったような表情をしているコーチもいる。それぞれ担当している部署の出来不出来を目の当たりにし、さらにこれからの試合を見据えているからこその反応だろう。
そんな中で、一人「オフェンスは新喜劇みたいやったな」と話し掛けてきたコーチがいる。自他共に許す吉本新喜劇のファンで、普段から「新喜劇は奇想天外。その面白さが分かって初めて、臨機応変、いいプレーヤーになれる」と言い続けているコーチである。
一瞬、「なんで新喜劇」という表情をすると、「うちのディフェンスは元々、新喜劇やったけど、今日の試合はオフェンスも新喜劇やった」という言葉が続いた。
その言葉の意味が解せないまま、何とか会話を続け、しばらくしてからその意味を考えた。多分、そのコーチは「新喜劇」という言葉に次のような意味合いを含めていたのだろう。
「吉本新喜劇は常に前半がドタバタ。番組の終わるまでにどのように収拾するか訳が分からん」「けれども最後はいつものお約束の通りに物語の収拾がついて、見ている方もめでたしめでたし。腹を抱えて笑っているうちに、目出度く番組はお開きになる」と。
このお約束をこの日のオフェンスに当てはめると、試合の途中まではインターセプトが3回、うち1本はそのままタッチダウン。ファンブルで攻撃権を奪われた分を合わせると、ターンオーバーが4つという、近来にないドタバタ劇だった。しかし、物語の後半になると、それぞれの役者がしっかり役割を果たして劇の進行を支え、気がつけば最後のプレーで逆転サヨナラ勝ち。見事な大団円に仕上げている。この試合を形容するには、喜劇という言葉も悲劇という言葉も似合わない。余りにも結末が鮮やかすぎて人情劇と呼ぶのもためらわれる。ここはやっぱり新喜劇。「ファイターズファンのすべてが喜びの涙を浮かべる新喜劇」と表現するのが一番だろうと勝手に納得した。
めちゃくちゃなローカルな話で前置きが長くなった。本題に入る。
12月2日、晴れ渡った万博記念競技場で開かれた西日本代表校決定戦、立命館大学と関西学院大学の試合は、スポ根漫画も顔負けのドラマチックな幕切れとなった。
ファイターズは前半からリードされ、第3Q終了時点でも16-10と立命がリード。その後、4Q途中にもだめ押しとも思えるFGを決められ、19-10と差が広がる。
起死回生の一発に賭けようとしても、エースランナーの山口は負傷で退場。エースレシーバーの松井も足を引きずっている。QB奥野のパスで突破口を開きたいところだが、前半から手痛いインターセプトを3発も食らっている。おまけに随時、交代出場し、プレーの選択肢を広げていたQB西野もベンチに下がっている。
残り時間は7分56秒。ボールは自陣25ヤード。さてどうする。まずは奥野から同学年のWR鈴木に6ヤードのパス。一つおいて次のプレーもWR阿部へのパス。それが見事に決まって相手陣45ヤード。よしっ、と思った瞬間、ホールディングの反則で10ヤード後退。ヤバイ、と思った瞬間、奥野がスクランブルで一気に陣地を回復。あらためて敵陣34ヤードからの攻撃につなげる。
ここで交代したQB光藤がまたもや17ヤードのスクランブル。相手の反則もあって一気に相手ゴールに迫る。再び光藤が走ってゴール前1ヤードに攻め込んだ後、仕上げはRB中村のダイブで19-17と追い上げる。
残り時間は3分44秒。相手攻撃を絶対に3&アウトに押さえなければならない局面だ。奮起した守備陣が鉄壁の守りを見せて攻撃権を奪い返す。そのときボールは自陣41ヤード、残り時間は1分56秒。何とかフィールドゴール圏内までボールを持ち込みたいが、残された時間は少ない。
さてどうするか。ここでも突破口を開いたのは奥野からWR陣へのパス。松井、そして阿部へとミドルパスを立て続けに通し、一気に相手ゴール前12ヤードに迫る。
ここからはRB渡邊を走らせて時間を消費。残り2秒となったところでK安藤にチームの命運を託した。恐ろしく緊張する場面だったが、安藤が見事に24ヤードのFGを決め、劇的な逆転サヨナラ勝ちを手にした。
この場面、距離は短かったが、この一蹴りにチームの命運がかかっている。キッカーの安藤はもとより、スナッパーの鈴木、ホールダーの中岡も、さらにいえばキッキングチーム全員の胸中が波立っていたに違いない。けれども、11人がそれぞれの役割を完璧に全うして勝利を呼び込んだ。
振り返れば、故障明けの4年生レシーバー松井と小田が局面を打開し、それに呼応して同じポジションの阿部が神がかり的な捕球を続ける。試合の終盤、ここぞという場面で登場した主将・光藤の必死のプレーがチームを奮い立たせる。上級生をここで終わらせてはならない、と腹をくくった奥野が前半とは打って変わって正確なパスを投げ続ける。スクランブルで局面を打開する。
こうしたオフェンスの必死懸命のプレーに守備陣が呼応。4Qに入ってからは厳しく思い切りのよいタックルで相手の攻撃の芽をことごとく摘み取っていった。
試合の前日、練習後のハドルで主将が叫んだ言葉が耳に残っている。「こんなところで終わってなるものか、俺たちは日本一になるんだ」。その言葉を苦しい試合展開の中で思い出し、グラウンドに立つ全員が体を張って共有したからこその勝利である。吉本新喜劇では、ここまでのストーリーは描けない。ファイターズならではの魂のドラマであると僕は思っている。
さて、次は甲子園。もう一丁、気合いを入れて頑張ろう。
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