石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

(25)求む!サムライ

投稿日時:2018/11/06(火) 06:56rss

 その昔、朝日新聞京都支局のデスクになったとき、前任者から「京都の茶漬け」という助言を受けたことがある。ご存じの方も少なくないと思うが、こんな話である。
 取材先で「ちょうど、時分どきどすな。お茶漬けでもどうどす」なんて誘われても、決して「いただきます」と答えてはいけない。なぜなら、京都人がその言葉を口にするのは「もう話は切り上げてお帰り下さい」という合図である。露骨に帰ってくれと言うと角が立つので「お茶漬けでも」と誘いをかけたような言葉で「お引き取り下さい」と伝えているという説明だった。
 さらにその前任者は、そうした婉曲なサインに気付かないのは野暮な人、もう、おつきあいはごめんこうむります、となってしまうからご用心をといったことを丁寧に説明してくれた。
 京都の人ほど極端ではないが、私たちが日常使用する言葉には、たいてい二つや三つの意味合いがある。それぞれ正反対の意味で使用されることも少なくない。
 例えば、ファイターズでは「相手は強い。全員でやろう。全員で」という言葉を、いろんな場面で耳にする。少なくとも、その言葉を口にしたメンバーは、本気で「全員が団結し、全員でチームを盛り上げ、勝利をつかもう」という意味で使っているはずだが、誰かがその言葉を口にした瞬間、「そうだ、全員だ、きっと誰かがやってくれる」と他人任せにしてしまうメンバーもいるのではないか。
 逆の場合もある。「オレが突破口を開く」「オレがやってやる」と本気で口にしても「アメフットはチームプレー。一人が勝手なことをすると周囲が迷惑する」と言われるかもしれないし、「勝手なプレーは御法度」と叱られるかもしれない。
 そうなると、チームの全員が「安全第一」を志向するようになり、気がつけば個人技で相手陣を切り裂いてやるというサムライは、一人もいないという状態になってもおかしくない。
 今季、いろんな場面で「全員でやろう」という声を聞くにつけても、僕はひそかに、そういう事態に陥るのではないかと危惧していた。チームの団結を強調する余り、一人で局面を突破するサムライのとげがなくなってしまうのではないかと怖れていた。4日、万博記念競技場での関大戦を応援しながら、僕の頭の中にはそんな考えが駆け巡っていた。
 試合はファイターズのキックで開始。相手陣40ヤード付近から関大が攻め寄せる。中央へのラン攻撃と短いパスを駆使して、立て続けにダウンを更新。一気にゴール前まで攻め込み、FGで3点を先制。続く関大の攻撃シリーズも中央のランと素早いパスでぐいぐいと攻め込み、あっという間にファイターズのゴール前に迫る。第2Q入った直後には今度はパスでTD。あっという間に9-0とされ、試合の流れは一気に相手に傾く。
 このピンチを救ったのがQB奥野とWR陣のサムライ魂。自陣25ヤードからの攻撃でまずはWR阿部に短いパス。続くRB山口のランでダウンを更新した直後に、奥野からWR小田への長いパスが通る。そのまま小田が快足を飛ばして一気にゴールまで駆け込んだ。実に63ヤードのTDパスである。
 これで6-9と追い上げたが、この日は守備陣が踏ん張れない。パスとランを織り交ぜ、変化を付けて攻め込んで来る相手攻撃を有効に食い止められず、結局6-12で前半終了。今季初めて相手にリードされた状態でハーフタイムを迎えた。
 後半はファイターズの攻撃からスタート。ここでもWR松井、小田へのパスでそれぞれダウンを更新。さらに奥野から松井へのパスでゴール前7ヤードまで攻め込んだが、残る7ヤードが進めず、K安藤のFGで3点を返しただけ。
 続くファイターズの攻撃も、QB西野から小田、松井、阿部へのパスで相手ゴールに迫ったが、最後の詰めが甘く、結局はFGによる3点で同点に追いつくのがやっとだった。
 逆に関大は、ゴール前の攻防をしのいで勢いを取り戻し、次の攻撃シリーズで簡単にTD。再びリードを7点差に開く。
 残る時間は6分36秒。しかし、西野からWR陣へのパスが通らず、あっという間に攻撃権を相手に渡してしまう。
 しかし、ここは守備陣がぎりぎりで踏ん張り、残り2分2秒で再びファイターズに攻撃権を取り戻してくれた。しかし、ボールは自陣25ヤード付近。これを限られた時間でどうTDに結び付けるか。まさしく全員の結束と、相手守備陣を突き破るサムライの個人技が求められる場面である。
 この局面を突破しなければ明日はない。腹をくくったファイターズオフェンスがようやく一つにまとまる。まずは奥野から小田へのパスを2回連続で通して2度ダウンを更新。一度は奥野が逃げ遅れて10ヤードも陣地を後退したが、今度は松井、小田、阿部へと3発のパスをことごとく決めてダウンを更新。相手ゴール前24ヤードに迫る。残り時間は41秒。タイムアウトは一つも残っていない。ここをどう攻めるか。
 ここでもベンチが選んだのは小田へのパス。相手も徹底的に警戒している場面で小田が確実にキャッチしてゴール前11ヤード。残り時間は11秒。この緊迫した場面で奥野が阿部へのパスを一発で決めてTD。安藤のキックも決まって19-19。やっとの思いで引き分けに持ち込んだ。
 このように試合展開を振り返ると、絶体絶命の場面で、局面を切り開いたメンバーが誰か、という答えはただちに見つかる。すなわち冷静に正確なパスを投げ続けた奥野。そのパスを相手守備陣のマークをことごとく振り切り、すべてキャッチしたレシーバー陣。具体的には松井、小田、阿部の名前が真っ先に浮かぶ。もちろん、おとりになって相手を振り回した鈴木もいるし、奥野を守ったOL陣の結束も特記したい。
一番緊張する場面で、冷静にキックを決めた安藤の活躍も大きく記しておかなければならない。
 もちろん、その直前の関大の攻撃を3&アウトに仕留めた守備陣の奮闘も称賛に値する。もし、あの場面で一度でもダウンを更新されていれば、この劇的な幕切れに至る前に、試合が終わっていたかも知れないのだ。
 このように試合を振り返って見ると、いくら「全員でやろう」といったとしても、全員がその主人公にならない限り意味はない。オレが相手を倒してやるという強い意志を行動で示せるサムライの存在が不可欠だ。
 天下分け目の立命戦までに残された時間は10日余り。求む!サムライ、求む!主人公である。
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