第55回ライスボウル(2001年度) コーチコラム(守備) -風の章-



     


Fighters-Dの肖像堀口 直親
― 風 ~不安と闘い試行錯誤を繰り返した日々~ ―

不安とため息からのスタート真っ向勝負午前様思い入れをGame Planに最後の最後まで入場直前

 

 

不安とため息からのスタート

 ゲームプランを作るという厄介な作業、頭のいいコーチならすぐに作り上げてしまうんでしょうが、私の場合は随分と時間を要してしまいます。要領が悪いんです。その度に選手から非難を浴びます。選手たちは直接口には出しませんが、その表情やらしぐさを見ていれば「またかいな」という呆れ果てた心境が伝わってきます。Rice Bowlもまた例外ではありませんでした。
 相手がアサヒ飲料チャレンジャーズ(以下「飲料」)に決まった時、即座に浮かんできたのは…#27、中村多聞選手の顔と身体と「えげつない」走り、でした。
 「あんなん、学生レベルでどないして止めぇ言うねん」
 ビデオを見ながらブツブツぼやいていますと、隣にいた大寺コーチも頷くばかり。私は何か助言をしてほしかったのですけど・・・。D-Leaderの星田は既に頭を抱えていました。愛弟子・平郡は青ざめるばかり。Safetyの矢野もまた何も語りませんでしたが、その顔は蒼白と申しますか、「俺んとこまでストレートに抜けてきたらどないしたらええんやろ」という感じで引きつっていました。力哉は平静さを保っていましたが、どう動けばいいのかイメージすら浮かばない様子でした。力哉がLBになるということで実質的にD-Lineのリーダーとなった西村もまた、「とにかくやってみます」と言いながらも難しい表情を見せていました。最初の週、打開策は・・・全く浮かびませんでした。
 「はぁ・・・」「ふぅ・・・」「おぇ・・・」
 別に疲れていたわけではないのですが、ため息ばかりがミーティングの席を埋め尽くしていました。それだけ強大な相手と試合をする…自覚だけはあったようです。
 甲子園ボウルが終わった後、5日間ほど完全休養。土曜日からRice Bowlに向けて練習することになっていました。それまでに、賢いコーチならある程度のことはまとめているんでしょうけど、私は「とにかく強いタックルできるようにせぇ」としか言ってやれませんでした。それがまた、不安を募らせてしまったようです。なんとも情けないコーチだこと…。
 
「ええかっこさらすな」

 不安があれば吐き出せと言い続けた。しかし、真っ正直に不安だと言うことがまるで恥でもあるかのように受け止める。だったら完璧か、と尋ねれば、実は不安だらけだという。ならどうして不安を出さないのか、と問い詰めれば、ただ黙って頭を下げる。
 「ええかっこさらすな。」
と何回言ってきただろうか。
 2001年のシーズンは不安先行、ネガティブな気持ちとの葛藤の連続。これは即ち私自身が不安だから、なのだろう。私の不安は現役の不安、現役の不安はこちらに不安として返ってくる。
 何も言ってこなければ完璧に準備できたんだと考え、こちらから何も言わないでいると、「何をしたらいいのかわからないんです」と嘆く。
 表情を見て曇り切っている時に、いい加減に吐き出せと言えば、「何が不安なのかさえわからないんです」と唇を噛み締める。
  関西学生リーグ、甲子園ボウルと通じて、とにかく選手と共に不安と闘う日々が続いた。合宿所を出るのが午前様という日が何日もあった。甲子園ボウル前など2日続けて一睡もできなかったことさえあった。 「なんでここまで悩むんか」と苛立ち、怒りさえ覚えた。
  それはRice Bowl前も同じだった。
 
真っ向勝負

 多くのビデオを見て、いろんな意見を参考にしながら、ようやく一つのパターンを作り上げました。しかし一つでは、百戦錬磨の社会人相手に通用するはずなどありません。その後、複数のパターンを考えましたが、心配だったのは実践する選手が理解しきれるかどうか、消化不良を起こさないかどうか、ということでした。
 何度もビデオを見ながら説明を繰り返し、選手の意見も汲み取り、そして練習。それでもTAMONという文字はあまりにも巨大でした。松下電工でプレーを続けているファイターズのOBがたくさん帰ってきてくれて、LBやDB相手に重量ランナーを演じてくれましたが、食い止めるのが精一杯。実際に、スピードに乗った中村多聞選手に真っ向勝負を挑めるのか…不安は尽きませんでした。その上で複雑怪奇なことはできないなぁ…それが本音でした。
 「作戦で止められる相手ではない」
 それまでは私に直接訴えかけてくることなどなかったLB連中が、少しずつ不安や疑問を話してくれるようになるにつれて、私から少しずつ雑念が消えていったようです。
 最終的に決めたプラン、それはあくまでも「真っ向勝負」でした。鳥内監督はTD誌にて、私が作るプランをして「超ウルトラ根性悪い作戦」と評してくれましたが、実を言えば真っ向勝負、どこをとってもK.G. Defense vs. TAMONの図式を崩したつもりはありませんでした。それは暴挙かもしれません。でも、私には自分の教え子を信じるしかないんですから。
 どうにかシステムに慣れてきた頃…平郡がまたもや浮かない顔をしていました。欠点を克服するためにまだ何か足らない、何かできるんじゃないかと言いたげな様子でした。あまり多くを語っても仕方がない、これさえできれば自信をもって臨めるはずだと暗示にでもかけてやろうか。そう思ってプレー判断をより迅速・正確に行うことと、タックルに向かうコースを身に染みつかせること、その二つだけを別途練習させてみました。そこに力哉や財満らILBたちが自然に参加してくる、OLBの星田は弟子の近藤を連れて違う角度からそのランナーにタックルしようと参加してくる、LBの練習を後ろで見ていた矢野や田尻、池谷らSafetyたちがそこに加わってくる、D-Lineは重くてタフな飲料のラインを想定したヒットの練習に集中している…練習前も、練習後も、本来なら疲れ果てているだろうし、長いシーズンで負傷もかなりあるはずなんですが、とにかくトライしてみて少しでも不安を解消したい、そんな思いが伝わってきました。
 不安を完全に消すことなどできません。試合が始まってみなければわからないこともたくさんあります。でも、自信をもって臨めるか、それとも怯えて腰が引けたまま臨むのか、そこに大きな違いがあります。
 とにかくやってみよう、と始まった練習ですが、やりながら追加・修正作業を選手と共に行いました。何か壁に当たったりわからないことが出てくると、それらを溜め込むのではなく吐き出すようになってきました。たった一つのプレーに対しても、誰もが緻密な動きを求め始めました。試合では思い切って動きたい、大胆なプレーを見せつけたい、そうなるために少しでも完璧に近づこう、そんな気持ちがうかがえるようになってきました。どこか、選手の方からこちらへ向かってきてくれているような気がしました。それは選手との意思の疎通がうまくいくようになってきたからだと思います。一時は、忘れていた・・・いや諦めかけていたこと。
 
「冷めてんのとちゃいますん」

 強気もいいけど正直に自分をさらけ出すことも必要。でなければ、どんな目的をもって練習メニューを作ってやればいいのかわからないままになる。その上で時間が過ぎていき、こっちは「もう問題はない」と思ってしまう。しかし本人は「やっておけばよかった」と勝負の前から後悔してしまう。そうなれば、Game PlanもAdjustmentも無意味になる。
 仲間どうしだってそう。本音を隠していても仕方がない。わからないことは「わかりません」と言えないと。
 しかし…コーチとの年齢差が開けば開くほど、本音など言い辛くなってしまうのも仕方がない、仕方がない…「しゃぁない」と諦めていた、それもまた私の本音である。何も言ってこないのなら何も応えられない。でもそういう間柄だから、どうしようもない。まるで受験に合格させるためだけにマニュアルどおりのことを黙々と黒板に書いてはマニュアルどおりのことを生徒に伝える教師と、受験のためだけに詰め込んで勉強する生徒との間柄のようだった。
 勉強することの意義や楽しさ、理解すること、自分で考えることの大切さ、面白さなんて全く伝えていない。でも「しゃぁない」と諦めていた。自分のコーチングに疑問をもちながらも、打開する方法を考えなかった。
 「冷めてんのとちゃいますん?」
 コーチの大寺にそう突っ込まれたことがある。冷めてるわけあらへんやないか…そう言い返せない自分しかなかった。
 それが大きな間違いであり、一人身勝手な思い込みであることを思い知らされた。OLBの蛸坊主・星田が、私の間違いに気づかせてくれた。話し込めばこれほどおもしろい男はいない。強気に見せてるけど僕だって不安だらけなんですよ、早く気づいてくださいよ・・・平郡が無言でそう訴えかける。不慣れなILBを務める力哉の口から、聞き飽きた「大丈夫です」が少なくなって、核心をつく質問が増えた。矢野や田尻が時間を作ってはLBの練習に加わってくる。私のことを「怖いです」とハッキリ言って距離を置いていたはずの矢野だが、ここへ来て妙に近づいてくるようになった。「当たることでしか解決できない」とNose西村はまるで催眠術にでもかけられたかのようにヒットの練習を繰り返す。「いけるか?」と尋ねれば、西村は心の中に潜む不安を表情に出す。まだ何も言えないけど言えるようにしてみせる、とばかりに。
 遠く離れていたはずの選手たちが、急に身近に感じられた。何か期待できそうな、というより、選手たちが心強い存在に思えてきた。
 
午前様

 学生会館内にある会議室。ディフェンスがミーティングを行う部屋にはなぜかポットが2つ。そばにはコーヒーやら紅茶のティーパックやらカップの味噌汁やらお菓子やら。学内が冬期休暇期間に入ったため、自動販売機も使えなくなっていたんです。そんな時にあって、コーチからのせめてもの「贈り物」でした。
 ミーティングも毎日午後8時半に終了。それまではスポーツセンターに泊まり込んでの合宿ができたため、午前様になることも多かったんですが、年末だったのでセンターも使えず、確認のためにミーティングする時間は少なくなりました。
 
「はよ寝ぇなぁ、もう・・・」

 スポーツセンターでのミーティング。深夜。いつ、どこで買ってきたのだろうか。星田が私の後ろの席でうまそうにパンを食べている。平郡がいくつかそれをパクる。(俺のは・・・ないんか・・・腹減ったなぁ)
  黙ってビデオをデッキに入れる平郡。まだ見るのか。星田はムシャムシャとパンを食べ続けている。こいつ、そんなにでかくない割りによく食べる。
 「何見んねん?」
 「○△◇です。」
 「おお、あれなぁ」
  二人がわけのわからぬ会話をしている。ビデオが始まると、財満がビニール袋に食糧を入れてやってくる。知らぬ間に力哉が何か食べながら参加している。パスディフェンスの整理を終えた矢野が少し後ろでボーっと見つめている。
 やがて誰の顔にも疲労の色が出始める。平郡の目が輝きを失ってきた頃、
 「もう寝たらどうや」
 と言うが、
 「大丈夫です」
  と相変わらず強気。顔、死んどるやないか・・・
  時計を見たら午前1時半。いや、2時前という時もあった。心の中でこう叫ぶ、
  「はよ寝ぇなぁ、もう・・・」
 帰ろうとしても、時折襲ってくる質問攻撃に席を立てず、睡眠はとても大切だと思いながらも「寝ろ」と命じることもできず。一つ一つ、問題を解決しようとしていく姿に、私も年を忘れて付き合った。
  まことタフな連中である。その意気込みに、私は随分と救われた。
 
思い入れを Game Plan に

 大晦日の夜。矢野が「最後までもたへんかもしれません」と真っ白な真顔で言ってきた。「どうやったらもつかな」と尋ねると「わかりません」。そんなこと、わかるわけがない。もつかもたないか、やってみないとわからないし、最後まで持たそうと手抜きするはずもなく、とにかくやってみないとわかりません。答えになっていないんですが、「1プレーに集中すること、毎プレー勝負を挑むこと」と矢野に答えました。そばを食べながら、特に気むずかしい話はせず、「とにかく思い切ってプレーできるように最後まで準備しよう」と。
 「もう9時回ってますよ」星田が嬉しそうに言うが・・・大晦日といえばInoki Bom-Ba-Ye。TV中継があることをすっかり忘れていました。実は前日に放送された『PRIDE18』も、あれこれ考えていて見忘れていたんです。
 今から思えば、三度の飯より好きな格闘技の放送も見忘れるほど集中していたのか、それともビビッていたのか、それはわかりません。もうどちらでもよかったんです(どうせ桜庭和志選手は出ないから)。防具をつけての練習もすべて終えた今、あとは気を溜め込むだけだと言い聞かせました。
 選手のプレーはもちろんですが、サインの上でも逃げられない相手。最後は「氣」で中村多聞選手を止める、それ以外に勝ち目はないと思いました。今の時代にあって精神論など古めかしく、「気合で止める」なんて死語かもしれません。しかしそれがベストだと思えたのは、「もう緊張しています」と星田が心境を正直に語った時でした。ずっと試合を、中村多聞選手の走りを想定し、緊張感を保ったまま練習していた・・・そんな星田の思いは、おそらく試合に出る下級生にも伝わっていたことでしょう。「練習は試合のように、試合は練習のように」・・・だったら下手な小細工はいらない、真っ向勝負をしてやろう、それがこいつらの思い入れに応える唯一の手段ではないか、と少しばかり私情を含ませたGame Planとなりました。
 Game Planの大枠ですが、

 1. 中村多聞選手をどう走らせるか(=追い込むのか)
 2. どうやって止めるのか(誰がタックルするのか)
 3. 対ブロッカー対策
 4. パス対策

この4つの観点から様々なAlignmentやMovementを検討しました。 できあがったものといえば、Game Planと呼べるような偉そうなものではありません。Stop the TAMON by your best Tackle. それだけなんです。
 
不安との闘い・・・飲料と闘う前に、得体も知れない不安や焦燥と闘う日々が続いた。でも不思議と心労は残らなくなった。ここへきて、決して爽やかじゃないけど心地よい風がこちらに向かって吹いてきたような気がした。さも「乗ってみろ」と言わんばかりに。
「ほな乗らせてもらうわ」
 その風は現役たちがもたらしてくれたもの。彼らが一陣の風を生み出した。それは思い次第でFollowにもAgainstにもなるもの。安易な私は、その風にあっさりとさらわれてしまった。
 
最後の最後まで

 1月2日。東京スタジアムで練習・・・と申しましても、軽く動いて汗をかく程度で仕上げました。悩みっぱなしのLBたちの顔つきを見回しますと、どこか余裕を感じました。あれ・・・おかしいなぁ・・・引き締まっていない。不安と覚悟とでピリピリしていると思ったのに。その場は何も言わずに立ち去り、先に東京ドームに参りました。
 「今日はもうミーティングせぇへんから」と星田に電話。これだけは伝えておけ、と。不安ばかりではどうしようもないんですが、楽勝ムードになるはずもなく、ましてや「おのぼりさん」的になっても困ると、少しばかり気を引き締めるように。
 でも、鳥内監督に怒られたようです。「何しに来たんや」と。
 その夜、監督・コーチで明日の試合のことやこれまでの思い出なんかを語り合いました。ほんの少しですが、暗雲が立ち込めている状況。こちらは「やっとの思いでここまで来れた」と息を切らせていたんですが、現役の中にはそういう緊張感が失せかけている者もいたようです。
 少し作戦をたてました。明日、試合前にどう接してやろうか、と。

 東京ドーム。相変わらず迷路のようでややっこしいですね。
 控え室に入ると、どこかピリピリしていました。これこれ、このムード。これならOK。と思いきや、1年生の中には気の抜けた顔しているやつもいました。まだ足りない。睨みつけるが、1年生はあまり気に留めてくれません。過度の緊張感、すぐにでも脱したくなる張り詰めたムードにどっぷりと浸り、そこから解放されるとき、思わず雄叫びを上げ感極まって涙が流れてくるんですけど・・・う~ん、試合メンバーだけが、そんな気を発していました。全員がそうあってほしかったんですが、まだどこかに甘さがあったのでしょう。大いに反省。
 パッと目につく特徴的な頭。目の前に星田がいました。手にしていたペットボトルでその頭を叩きました。
「いて・・・」
 慌てて振り返りました。少し強かったか。
「どないや?」
「・・・あとはやるだけです。」
 嘘つけ、この野郎。前夜に怒鳴られて「あとはやるだけ」なわけなかろう。
「なんで昨日言うたこと、みんなの前で宣言せぇへんかったんや」
「・・・あ、すんません。」
 どうやら忘れていたようです。それどころじゃなかった、というのが正解かもしれません。せっかく大事なことを、と考えて言ったんですけど、仕方がありません。「すんません」という星田の合唱ポーズに、それ以上は突っ込めませんでしたが。
 
「今の、俺です!」

 いいプレーしたら胸張ってこちらを見る。何か失敗したら手を合わせて自責を伝えてくる。LBと私の試合中での意志疎通。フィールドから私に向かい、さも
 「今の、俺です!」
と言っているかのように。 ブロックサインを間違えると、私も苦笑いして「すまん」の構え。そのたびに、星田は勝ち誇った顔をし、平郡は腹を抱えて笑う。財満は全く意に介さず。これ以上「揚げ足」とられてたまるかと必死になる。なんでサイン送るだけで必死にならなあかんのやろか・・・
 ただその意思疎通が、次のコールを楽にしてくれた。別にコーチのためにやってるんじゃない、でも共に闘っているのもまた事実。「今のは俺がうまくできなかっただけ」と伝えてくれれば、迷いなくコールし続けられる。
 そんな単純な行為がまた、一体感を与えてくれた。何回、拝まれただろうか。
 
入場直前

 田尻が極めて神妙な顔をしていました。そばに寄ると微笑んでくれましたが、どこか引きつっていました。その緊張感を楽しんで欲しいと願い、「ええイメージだけ」と一言申して横にあった椅子に座りました。フッと、平郡の表情が目に飛び込んできました。どこか怪訝そうでした。でも、そういう時の方が平郡は力を発揮するんです。こいつは大丈夫。何も言わずにいよう、言えばかえって気にしてしまうと思い、目線を移しました。
 そばに財満がたたずんでいました。まるでお地蔵さんのようでした。これもまたゴチャゴチャ言い過ぎてはならぬと一言だけでその場を立ち去りました。
 力哉に「どないや」と尋ねると「大丈夫です」。こいつの「大丈夫です」が一番気になるんですが・・・しかし気合は十分、凄みさえ感じられました。
 お、矢野だ。そうっとしておこう。
 気がつけば、さきほどまで存在していた気抜けは、もはやそこにはありませんでした。刻一刻と迫る最大の勝負の時を前にして、試合メンバーの氣が下級生にも伝わりつつあったようです。私も緊張してきました。

 試合前の練習が終わって控え室に戻ってきました。この瞬間が、一番緊張します。大きく深呼吸して、選手たちの顔を見ます。汗まみれ、でもいい顔でした。このチームでは一番の「いい表情」だったと思います。
 知らない間に下唇を噛み締めていました。微かに、その唇が震えていました。情けない話ですけど、思い切り緊張していました。監督やコーチがハドルで何を言っているのか、ハッキリ聞こえませんでした。ただ、心の中で一言だけ、「ぜったいにいける」と呟きました。東京へきて一瞬だけ止んでしまった風が、再び吹き始めました。しかもかなり強烈なものになっていました。今日は激しい試合になる・・・そう予感しました。
 
 誰かしら目が合うたびに、心の底から何かが込み上げてくる…目頭が熱くなる。「試合前から涙見せてたまるか」と自身を戒めるが、抑え切れなかった。
 2月の末から準備し始め、3月から試合をした2001年。これほど長いシーズンは初めてだった。でも不思議と疲れは感じない。何かワクワクするような…遠足の前夜に眠れなくなる子供のような、そんな心境だった。そればかりか、逆に思い出がありすぎてまとまりがつかない…走馬灯のような、とよく言われるが、その意味が初めて理解できたような、そんな状態だった。見る顔見る顔、みんな何かが光っている。輝きながら頬を伝わる。
 まだ不安はあっただろう。でも心の底から仲間の名前を叫び、心の底から意気込みを叫んでいるうちに、その不安は「ここまできたんだ」と気合が入り、「あとはやるだけ」という開き直りに変わり、そして真っ白に…無になる瞬間…手をつなぎあう。
 抑え切れない思い入れが今にも噴火しそうになる…
 2002年1月3日、東京ドーム、Rice Bowl、試合前、入場口にて。

 『Speed TK Club Mix』が聴こえてきました。青き戦士たちが今、フィールドへと駆け出していきます。無になった心を一つにして、最強の相手に向かっていきます。史上最大の「挑戦」の始まり・・・。
 

To be continued..

 
 

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